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8.せいせいした
「そ、か」
そう言ったきり、彼は黙り込む。迷う気配がこちらに向けられた背中からダダ洩れていた。
「見て、すみません」
やっぱりあのまま部屋を出るべきだった。どうして入ってしまったのか、と自身の行動を心中で罵倒する。そのスバルの気持ちをおもんばかったように、いや、と首が振られた。すん、と洟をすすった後、彼はこちらに背中を向けたまま、長く垂れ下がった前髪をくしゃりとかきあげた。
「彼女にフラれただけなんだ。ほんと。それだけ。それだけでこんなに泣いちゃって、木月も驚いたよな」
……フラれた、だけ?
だけ、で済む話なのか?
彼女がそばにいるとき、思わずというように零れ落ちた彼の笑みを、自分は知っている。
強風でもつれてしまった彼女の前髪を丁寧にほどいてあげていたことだって、知っている。
内緒で彼女に贈る曲を彼が作っていたことさえも、自分は知っているのだ。
ごめん、と言って振り返ろうとした彼のその声を聞いていたらたまらなくなった。
この人は……自分がしんどくて倒れそうなこんなときでさえ、スバルに気を使ってしまう人なのだ。
号泣している先輩を見て、どうしていいかわからなくなっている後輩の気持ちを軽くしようと笑ってみせようとするのだ。
こんなときまで。
胸がかっと熱くなった。
「別れて……くれて、僕はせいせいした」
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