【15】白馬の……ですわ!

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【15】白馬の……ですわ!

「……ただの流浪人だ」 「流浪人……貴様が?」  ラングロア公爵は目を細め、レドラを注意深く観察する。  その態度に対し、レドラは少しだけ視線を下げ、力なく訊ねる。 「おれには……立候補する権利は無いか」 「……いや、構わん」  アリーヌが許可しても、父であるラングロア公爵が認めなければ結婚などすることはできない。そのことをレドラも理解しているのだろう。  しかしながら、ラングロア公爵は否定する。 「我が娘が決めたことだ……故に、思う存分戦え、そして我が娘を己が手中に収めて見せるがいい」  決して止めることはない。  たとえ花婿候補が何者であろうとも、そして何であろうとも、アリーヌが決めたことなのだ。父である自分は、それに従うのみ。  ラングロア公爵は、得体の知れない男を前にしてなお、アリーヌの気持ちを優先させた。 「双方、構えよ!」  閑古鳥が鳴いていた決闘場に緊張が走る。  ラングロア公爵の合図を聞き、アリーヌとレドラが指定の位置に立つ。 「レドラさん、貴方と拳を交えられる機会に心から感謝しますわ」 「それにはおれも同意見だ」  互いに声を掛け合い、意思を確認する。  手加減無用、遠慮は無礼だ。この場ですべきことは、全力を以って叩きのめすこと。ただそれだけである。 「――ハジメッ!!」  決闘開始の声が響く。  まず動いたのは、驚くべきことにアリーヌの方だった。 「さあ、行きますわよ! ――ハアッ!!」  魔法を一切使わず、己の身体能力のみで地を駆けるアリーヌは、挨拶代わりとばかりに例のグーパンを繰り出した。  が、止まる。  レドラがアリーヌのグーパンを両手で受け止めてみせる。 「あ、アハッ!」  同時に思わず歓喜の声が漏れた。  それはもちろん、アリーヌの声だ。 「こんなの初めてですわ! わたくしの一撃を優しく包み込んで下さった殿方は!! というわけでもう一発! ソレッ!!」 「ぐっ、それは光栄だな……だが、なんと重い一撃だ。このおれでは、何度も受け止めることはできそうにないな」  初の体験に笑みを絶やさないアリーヌは、何度も何度もグーパンを撃ち続ける。  そしてそれを躱すことなく受け止め続けるレドラの構図の中、アリーヌは一つ提案を口にする。 「では本気を出されては如何かしら?」 「……本気だと?」 「はい♡」  言いつつもグーパンし、レドラを苦悶の表情へと仕立て上げていく。  だが、レドラは一旦距離を取って息を整える。それから眉を潜めてアリーヌと目を合わせた。 「おれが本気ではないと、何故思う」 「だって貴方、その姿では戦い難いのではなくて?」 「っ!?」  アリーヌの指摘を受け、レドラは目を見開いた。  更に離れて距離を取ると、重心を低くして身構える。 「……気付いて、いたのか?」 「ええ、当然ですわ。ほら、父も」 「っ? ……ふっ、くくく、なるほどな……さすがはラングロア公爵家だ」  アリーヌとラングロア公爵の二人は、レドラが何者かではないことに気付いていた。  では、レドラが“何”なのか、残念ながら、その正体までは掴めない。  しかしだからこそ、アリーヌは血沸き肉躍る。  この決闘が楽しくて楽しくたまらなかった。 「いいだろう……ではお言葉に甘えて、おれの本来の姿を見せようではないか」 「「――ッ!!」」  レドラが、その身を変化させる。  人型から本来の姿に……血よりも赤黒い無数の鱗に身を纏った竜の姿へと……。 「レッド……ドラゴン……ッ!!」  ラングロア公爵が声を漏らす。  その言葉の通り、レドラの正体は竜種――レッドドラゴンであった。 「それが……貴方の本来の姿なのですね?」 「否、更に大型だ」 「では、まだ本気を出すつもりはないということかしら?」 「それも否、そもそも真の姿では此処が持たないものでな」  巨大なレッドドラゴンには、決闘場など小さすぎて動き辛いことこの上ない。  故に、今の姿に落ち着いたのだ。 「この大きさが一対一では戦い易くもある」 「なるほど、そういうことでしたのね? 安心しましたわ」 「故に、アリーヌも本気で来い。おれはその全てを受け止めてみせよう」 「っ、ではわたくしもレドラさんのお言葉に甘えさせて頂きますわね?」 「――ッ!?」  一応、許可を取る。  相手がレッドドラゴンであれば、それも可能かもしれないと。  しかしだ、アリーヌは失念していた。  生まれてこの方、ただの一度さえも、全力のグーパンを放ったことがないということを。 「そ、その魔力は……! まさか、そんなにつよ……人間が……ッ!!」 「じゃあ、行きますわね♡ ハアッ!!」 「ぐっっっっっっっっ」  一撃ではない。  連打、連打、連打。アリーヌの本気のグーパンが、連打で襲い掛かる。  二十発か、それより一、二発多いぐらいか。  グーパンを受け止め続けたレドラが、遂に限界を迎えて地に背を付けてしまう。  連打が止み、アリーヌが地を見下ろす。  そこに仰向けで倒れるレドラと目が合うと、嬉しそうに笑った。  そしてその笑顔を見たレドラは、ゆっくりと息を吐き、堪忍したように言葉を紡ぐ。 「……おれの負けだ」  いつの間にか、レドラは人型に戻っていた。その方が言葉を交わし易いのだ。  悔しそうな表情を浮かべてはいるが、同時に全力を出したことで満足もしていた。 「起き上がることはできるかしら?」 「……ああ、ギリギリな」  アリーヌが手を差し伸べると、レドラはその手を掴んで上体を起こす。  そして互いの健闘を讃え合う。  だが、これで終わりではない。 「お父様、わたくし決めましたわ」 「? 何をだ」  アリーヌは視線を彷徨わせると、父ラングロア公爵を見つけて口を開く。  それからすぐに、思いもよらない台詞を口にする。 「わたくし、この殿方と……レドラさんと結婚いたします」 「「――ッ!?」」  その台詞に耳にしたラングロア公爵とレドラは、驚いた表情を浮かべる。 「正気か? ……相手は、竜だぞ?」 「はい」 「いやいや、その前に……アリーヌよ、お前に負けたではないか?」  対戦を許可した時点で、ラングロア公爵はレドラのことを花婿候補として認めている。  だが、それとこれとは話が別だ。勝たなければアリーヌと結婚することはできない。 「はい、ですからもっと強くなって頂きます」  すると、アリーヌはにこやかな表情で返事をする。 「……は? 強く……だと?」 「そもそも、お父様はわたくしが結婚しようと思った理由をご存じですか?」 「理由……? け、結婚したくなったから……いや違うな、戦いたいからか?」 「失礼ですわね。わたくしはそんな野蛮ではありませんわ」  どの口が……と言いかけたが、寸でのところでラングロア公爵は耐えた。  耐え抜いてみせた。 「わたくし、幼い頃に読んだ絵本に出てくる白馬に乗った王子様に憧れていましたの」 「白馬の王子様に……?」 「はい♡ いつかきっと、ドラゴンよりも強い白馬に乗った王子様が迎えに来て下さると思っていましたわ。でも、待っているだけではダメだと悟りましたので、行動に移したのです」  その結果が、一対一の決闘というわけだ。  結婚の条件が異常すぎるのが難点だが、夢見る公爵令嬢としては可愛らしいものと言えるだろう。しかし、 「でも、白馬に乗った王子様が迎えに来る前に……わたくし、自分の手でドラゴンを倒してしまいました」  それもただのドラゴンではない。  竜種の中でも上位種のレッドドラゴンだ。ただのドラゴンなど比較にならない。 「つまりアレです。ドラゴンを自力で倒せるわたくしには、白馬に乗った王子様なんて最初から必要なかったということですわ」 「……では、今までの苦労は水の泡だということか?」  ラングロア公爵が疑問を口にする。  それに対し、アリーヌは「いいえ」と否定する。 「わたくし、個人的にレドラさんのことが気に入りましたわ。だってほら、わたくしの全力のグーパン連打を、その身で受け止めて下さったでしょう? こんなことは生まれて初めてでしたし、その……わたくし、そんなレドラさんの姿を見て、惚れてしまいましたの」 「惚れ……た、だと? お前が……アリーヌ、お前が……それは事実か? 事実なのだな?」 「はい♡」 「だから……もっと、強くなれと……?」 「はい♡ そしていつの日か、わたくしよりも強くなって頂けた時には、今度こそ……」  そう言って、アリーヌはレドラの耳元で囁く。 「わたくしを、貴方様の妻にして下さい」 「――承知した」      ※  アリーヌの許に、白馬に乗った王子様は終ぞ姿を見せることはなかった。  だがその代わりと言っては何だが、同じく絵本に登場する人物――否、ドラゴンとの出会いを果たすことができた。  これが、ラングロア公爵家と竜族の物語の始まりとなるのだが、それを知る者はごく僅かしかいない。 「我が娘と竜族の間に子が産まれたら……」  そのうちの一人であるラングロア公爵は、決闘場の隅で一人紅茶を堪能しつつ、まるで愚痴を吐くように、ぼそりと独り言を呟いた。 「……まずは、力の使い方を教え込まなければならないな」  はあ、と深いため息を吐く。  ラングロア公爵は、既に新たな問題に直面し、頭を抱えているのであった。 (了)
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