【5】あとの祭りですわ!

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【5】あとの祭りですわ!

 聖騎士アルバン・インクラードを遥か彼方までぶっ飛ばした翌日。  決闘場の隅にて。 「……誰も来ないですわね」  お茶を楽しみつつも、アリーヌは暇を持て余していた。 「ねえ、お父様? どうして誰もいらっしゃらないのですか?」 「アリーヌ……ああ、我が娘よ。それは冗談ではなく本気で言っているのか?」 「もちろんですわ」 「だろうな、だと思ったよ。それでこそ我が娘だものな!」  半ば切れ気味に反応し、ラングロア公爵は天を仰ぐ。 「……昨日、お前は何をした? 答えてみなさい」 「昨日ですか? 聖騎士の殿方を……ちょっと、グーパンしましたけれど」 「ちょっと!? ちょっとか、あれが!! お前はちょっとでどこまでぶっ飛ばすつもりだ!!」  再び天を仰ぎ、ラングロア公爵は乱れた呼吸を必死で整える。 「はあっ、はぁっ、……くっ、我が娘が昔から力自慢であったことは理解していた。だがそれを他者に悟られることがないようにと、表面だけは完璧に育てたつもりだったが……そのツケが今、回ってきたということなのか? ……く、くっ、……くうっ!」 「お父様、何を笑っていらっしゃるのですか?」 「泣いているんだよ!!」  もはや我慢することができず、ラングロア公爵の両目から大粒の涙が噴き出していた。  まさか昨日の今日で花婿候補が一人も来なくなるとは思わなかったのだ。 「今日は暇そう……誰か来るまで、町を散策してきますわ」 「おい、待てアリーヌ! 当事者がここを離れてどうするつもりだ! まだ一応、誰か来る可能性があるんだぞ? その時、お前がここに居なかったら……!」 「支度に準備がかかるからと引き留めておいてください」 「し、支度だと!?」 「はい。わたくしを妻にしたいと思って下さる殿方でしたら、少しぐらい決闘に……デートに遅れても笑って許して下さるはずですから」  それでは、行って参ります。  その背にラングロア公爵の怒声を浴びながらも、アリーヌは軽やかな足取りで決闘場をあとにする。  公爵邸を出ると、その足でラングロア街へと向かう。  アリーヌは普段からラングロア領の町内に足を運んでいる。そこで領民との触れ合いを通じて現在の地位を確立するに至った。  領民にとって、アリーヌ・ラングロア公爵令嬢は憧れの存在である。  決して手の届かない高嶺の花であり、けれども階級の差に関係なく触れ合い、当たり前のように声を掛けてくれる。  まさに好かれて当然、慕われて当然の公爵令嬢なのだ。 「御機嫌よう」  だというのに、おかしい。  町内に入ると、早速領民と遭遇する。  しかし領民はアリーヌと目が合うと「っ!?」と体をビクつかせて立ち止まる。「御機嫌よう」と挨拶をされてもぎこちなくお辞儀をして足早に距離を取る。 「変ね……皆どうしたのかしら?」  つい先日までは、皆が皆、アリーヌの姿を見つけると「あっ! アリーヌ様だ!」と大喜びで我先にと駆け寄ってきたものだが、今日は様相が異なる。  幾つもの視線を感じるが、遠巻きにヒソヒソ話をするだけで、アリーヌの傍へ近づく者は一人も現れない。 「ねえ、貴女? どうしてそんなに怯えているの?」  理由が知りたいアリーヌは、物陰に隠れていた女の子の許へと歩み寄り、声を掛けてみた。すると、 「あ、あの、きっ、昨日、そのっ、聖騎士の……方を、……ぶっ、ぶっ飛ばし……た、というのは、ほ、本当……ですか?」  明らかに怯えたような表情を作り込み、女の子は恐る恐るアリーヌへと訊ねた。  その質問に対するアリーヌの返事は、もちろん肯定だ。 「ええ、事実よ」 「ややややっぱりっ!!」  ビクゥッ! と全身を震わせて、女の子はその場から一目散に駆け出し、見えなくなるほど遠くまで離れて行ってしまった。 「……あぁ、そういうことだったのね?」  ここでようやくアリーヌも気付く。  領民たちが余所余所しい原因が、自分の行いによるものだということに。  今の今まで公爵令嬢として非の打ち所の無い完璧さを保ち演じてきただけに、領民たちは疑心暗鬼になっていたらしい。  昨日、ラングロア邸の方角から町の上空を飛んでいく青年の姿を見た、と。  その青年がアリーヌの花婿候補の一人であり、アリーヌがその青年をグーパン一つでぶちのめしたのは事実なのか、と。 「わたくしとしたことが、ミスを犯してしまったようですわね」  その噂は残念ながら事実だ。  聖騎士アルバン・インクラードはアリーヌのグーパンで決闘場から遠く離れた場所までぶっ飛ばされている。 「あれでも超が付くほど手加減したのだけれど、もっと優しく殴るべきでしたわ……」  今となってはあとの祭りだが、それに気づいただけでも一歩前進だ。  同時に、アリーヌ自身はこれっぽっちも悔やんでいなかった。  しかしこの発言を聞いた領民たちは、今よりも更にアリーヌに対して恐怖心を抱くことになるのだった。
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