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【7】筋肉がいまいちですわ!
「生憎、父は屋敷におりますので、代わりと言っては何ですが皆様に見届け人になっていただきましょう」
当然だが、ここは決闘場ではない。ラングロア街の一角だ。
決闘場でお留守番中のラングロア公爵には、二人の決闘を見届けることはできない。
故に、提案する。
そしてアリーヌは領民を巻き込んだ。
「が、頑張って下さいっ、アリーヌ様!」
「絶対に勝って……! 勝って下さい!!」
「もしもの時は、領民総出でそいつをボコしますから!」
アリーヌは思った。
ラングロア領の民たちは、こんなにも血気盛んだったのかと。
しかし今、そんなことはどうでもいい。
昨日に次いで二人目となる花婿候補との決闘が目前なのだ。
「一応言っとくが、俺様は手加減なんてしねえからな?」
銀級一つ星冒険者のドノーグは、その手に巨大な斧を持っている。魔物退治する際の得物がそれなのだろう。
もし、その標的が人間になったとすれば、その人物は無傷でいられるだろうか。
「……はぁ。御託は必要ないですわ。だから早く始めましょう」
けれどもアリーヌは動じない。
たった一振りで致命傷を与えるであろう巨大な斧を振り回されたとしても、これっぽっちも構わないと言いたげな表情をしている。
「そ、それでは……位置について! よーい……ドン!」
「おらあっ!! 先手必勝だぜっ!!」
領民の締まらない掛け声と同時に、ドノーグが大股で駆け出す。
「死ねえっ!!」
あっさりと距離を詰めたかと思えば、アリーヌの胴体を真っ二つにする勢いで斧を振り下ろしてみせた。だが、
「――ぐ、……は?」
「あら、貴方? 力はそこそこあるみたいですわね」
言葉通り殺すつもりで振り下ろされた斧の刃を、アリーヌは右手の親指と人差し指で挟んで……否、摘まんで受け止めてみせた。
「なっ、……はっ!? う、うそ……だろ!?」
「でも残念ね。筋肉の使い方がいまいちですわ」
ニコリと笑みを浮かべて、アリーヌが口を動かす。
それはもう、嬉しそうな表情で……。
「だからほら、か弱いわたくしが相手だというのに、こんなにも簡単に得物を受け止めることができましたわ」
「ば、バカなっ!」
「それにしてもこの得物……随分と汚らしいですわね。手入れは毎日しているのかしら?」
動かない。斧が全く動かない。
ドノーグは手を抜いてなどいない。だというのに、全力で振り下ろしたはずの斧は、微動だにしない。
「それにその恰好……わたくし、強い殿方を条件に定めはしましたが、せめて身嗜みは整えて頂かないと」
「ふざ、ふっ、ふざけんじゃねえ! こんなことが……あってたまるか! テメエっ、何か魔法を使ってやがるな!? そうじゃねえと俺様の斧がテメエに届かねえはずが――」
「あっ、もう無理。口も臭い殿方には強制終了を命じますわ。それっ」
「――っっっひぎうっ」
顔を近づけたことで、ドノーグの口臭が気になったのだろう。
嫌悪感たっぷりに表情を歪めたアリーヌは、我慢できずに右手を軽く横に振る。
瞬間、斧を持ったドノーグは強引に横へと振られて街路に激突する。昨日のアルバンに匹敵する速度と高度を保ちながら遠くまでぶっ飛ばされるようなことはなかったが、これはこれで戦意喪失ものだ。
「あらあら? 得物を手放すだなんて……その程度ではわたくしの殿方にはなれませんわよ? ……って、わたくしの話、聞いています?」
街路に近づき、地面に転がるドノーグへと声を掛ける。
しかし返事がない。ただの屍の……気絶しているようだ。
「――あ」
ここでハッと周りを見渡す。
アルバンの時は、まだ直接見られることはなかった。しかし今回は違う。
領民たちの目の前で、己の強さを見せつける形となったアリーヌは、怖がらせてしまったかしらと肩を竦めた。当然、その心に後悔の二文字が欠片もないのが残念なのだが……。
「あ……アリーヌ様」
「すご、すごいぞ……」
「カッコいい……お綺麗なだけでなく、強さも兼ね備えているとは……」
「惚れ直しました……わたし、アリーヌ様に一生ついて行きます……!」
少しずつ、恐る恐るではあるが、領民たちがアリーヌ許へと歩み寄る。
そして口々にアリーヌの武功を讃え始めたではないか。
「アリーヌ様はアリーヌ様だ! たとえどんなに強かろうが、それはむしろ素晴らしいことじゃないか!」
「そうだ! アリーヌ様はおれたちの希望だ! その強さがあればラングロア領は一生安泰だ!」
「そうだそうだ! これからもアリーヌ様をお慕いするぞ!!」
もはや止まらない。そして止めようとする者もいない。
手首を軽く捻っただけで、銀級一つ星冒険者を気絶させたのだ。
アリーヌの勇姿をその目に焼き付けた領民たちは、この日の出来事を一生忘れないだろう。
「ふふっ、結果が良ければ全て良し、ってことかしらね?」
……いえ、全然良くないですわね。
表面上は優し気な笑みを浮かべて領民の声に応えるアリーヌだが、内心は未来の花婿が早く見つかりますように……と祈っているのであった。
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