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「くうちゃん……ごめんね……」
そんな自分の声で目が覚めた。
「薫、大丈夫か?」
同じベッドの中、左隣に横たわる大樹が心配そうに私の髪を撫でた。
「うなされてたみたいだけど」
「……大丈夫。ちょっと嫌な夢を見て」
久しぶりにくうちゃんの夢を見た。そして、沙織の夢も。
「薫、お腹減った」
大樹が甘えた声で私の胸に顔を埋める。
まるで子供みたいだ。
そんな可愛いところに胸がキュンとして、そっと頭を撫でた後重い身体を起こした。
「待ってて。朝ご飯作ってくる」
「今日は久しぶりに薫のフレンチトーストがいいな」
「はいはい」
しょうがないな、と言ってシャツを羽織り、気怠い身体に鞭打ってキッチンへ向かう。
大樹はまだベッドの中で、私に背を向けてスマホをいじっている。
……たまには手伝ってくれてもいいのにな。
そう思っても、惚れた弱みだ。
────「フレンチトーストできたよ」
20分ほどで朝食は出来上がり、ダイニングに大樹を呼んだ。
彼は気怠そうにやってきて、ドスッと席に座る。
まだ甘さの加減もわかっていないのに、初めからたっぷりのジャムをフレンチトーストに塗った。
「………………」
スマホを見ながら無言で食べる大樹。
自分でリクエストしたんだから、美味しいくらい言ってくれてもいいのに。
だけど最近仕事が忙しいみたいだから、スマホで何か調べものをしているのかもしれなくて、話しかけるのに躊躇する。
自分で作ったフレンチトーストは味気なく感じて、ブラックコーヒーを流し込んだ。
彼は大手不動産会社で働くエリートで、私と同じ28歳にも関わらず、大きな仕事を任されている出世頭らしい。
見た目もスラッとしていて、目鼻立ちがはっきりしていて整っている。
どうして彼が、見た目も中身も平凡な私と交際をしてくれたのかは未だに謎だ。
たまたま合コンで隣に座り、同じアーティストが好きだという理由で意気投合したというだけで、とんとん拍子に交際に発展し、すぐに同棲も開始した。
そして、交際から一年、同棲して九ヶ月目。
「そう言えば、薫の家に挨拶行くの今週の土曜だよな」
私達は、ついに結婚の約束も交わすまでに。
「うん。忙しいのにごめんね」
「大丈夫だよ。金曜までには、仕事落ち着くと思うし」
結婚の承諾を得る為に、うちの家族に挨拶をしてくれることになったけれど、私は内心憂鬱で仕方なかった。
理由は、妹の沙織だ。
「確か薫、妹さんがいるんだっけ?」
「うん……実はすっごく可愛いから、大樹に紹介したくないな」
半分冗談、半分本音でそう言った。
幼い頃も天使のように可愛かったけれど、大人になって、誰もが振り返るほどの美しい女性に成長した、四歳年下の沙織。
中学の時も、高校の時も、大学に入っても。歴代の彼氏とは、沙織を紹介した途端に別れた。
決して沙織に奪われたわけではない。彼女は私の恋人をとったりはしなかった。
ただ、勝手に皆沙織に惚れてしまうのだ。
沙織に心を奪われて、夢中になって、私のことなどどうでもよくなってしまう。
まるで両親のように。
「大樹、妹に見惚れたりしない?」
そんなふうに苦笑すると、大樹は私の手を握った。
「そんなわけないよ」
「大樹……」
「俺が愛してるのは薫だけだから」
真っ直ぐな視線に射抜かれて、涙腺が緩む。
「……ありがとう」
今度こそ、大丈夫だ。
私は彼と幸せになる。
二人でささやかだけど、温かい家庭を作るんだ。
食事を終えるとすぐに家を出る彼を見送って、二人分の食器を洗いゴミを集めた。
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