くまのくうちゃん

4/5

191人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「お待たせしました」  心を込めて作ったパスタを彼の前に置くと、黒沢さんは目を輝かせた。 「……ありがとうございます。いただきます」  丁寧に手を合わせて、パスタを食べ始める黒沢さんを見ていると、充足感で満たされる。  何と言っても、とても美味しそうに食べてくれるから。 「美味しいです」  とても幸せそうに目を細めて、そう言ってくれる彼に癒やされる。  黒沢さんはペラペラ喋るタイプじゃないけれど、お礼や感想などここぞという時はきちんと言葉にしてくれるから、嬉しい気持ちにさせてくれる。  私が毎日楽しく働けるのは、黒沢さんのおかげでもある。  彼が私の作ったパスタを喜んで食べてくれるだけで、日々に張り合いが生まれた。 「今日の日替わりも美味しかったです。ごちそうさまでした」 「お口にあって光栄です」  微笑み合って、温かい空気が流れる。  だけど黒沢さんはその後、いつもよりソワソワしているので気になった。  食後のコーヒーをお出しする頃には、ホールのアルバイトの花菜(かな)ちゃんが出勤した。  花菜ちゃんは黒沢さんを一瞥すると、挨拶もせず他のお客様のところに行ってしまう。  本人が言っていたけど、花菜ちゃんは黒沢さんのことが苦手らしい。   「……峰原(みねはら)さん」  突然私を呼ぶ黒沢さんにびっくりする。  自己紹介はしていたけど、彼が 私の苗字を呼ぶことは初めてだった。   「黒沢さん?」  黒沢さんは真っ赤になって私を見つめている。 「あ、あの。こ、これなんですけど……」  彼が差し出した何かのパンフレットに釘付けになる。 「プラネタリウム? 綺麗……」  青い背景に、光り輝くような星座の絵が描かれており、涼やかで幻想的な世界観にうっとりする。 「ま、前に峰原さん、星が見たいと仰ってたんで。興味あるかなって」 「興味ありますあります! 覚えててくれたんですか?」  この間何気なく、星を眺めて癒されたいなんて溢したことを覚えていてくれたんだ。  素直に嬉しくて、ニッコリ微笑むとまた彼は爆発したように真っ赤になる。  これは……と、少し自惚れてしまった。  もしかして黒沢さん、私に対して少しばかり好意がある? 「あ、あの。……僕と一緒に行ってくれませんか?」  そんな言葉に目を見開く。  びっくりした。  ……行きたいと思ってしまった自分に。  高鳴る胸を誤魔化すようにして、すぐに頭を下げる。 「……ありがとうございます。お気持ちはすごく嬉しいのですが、私パートナーがいるので、他の男性と出かけるのは……ちょっと」  最後はそんなふうにうやむやに濁してしまった。  彼が寂しそうな顔をしたからだ。 「……そうですよね。すみません。変なこと言って……」 「とんでもない! 嬉しかったですよ!」  本当は、行きたいと思ってしまうほど。  残念そうに苦笑する彼にチクリと胸が痛みながらも、立ち上がってお会計を済ませる黒沢さんを見送った。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

191人が本棚に入れています
本棚に追加