くまのくうちゃん

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────「薫さん、あの人、キモくないですか?」  ランチタイムの忙しい時間帯を終えて、やっと落ち着いた頃。  最後のお客様が帰ったのを見計らって、花菜ちゃんが怪訝な顔をして言った。  すぐに誰のことを指しているのかわかってしまった。 「毎日来て、薫さんのことじーっと見て。今日なんかデートに誘うなんて。私ゾワッとしちゃいました」 「そんなこと言っちゃだめだよ。大切なお客さんなんだから」  心底嫌な顔をする花菜ちゃんを窘める。 「でも、実際迷惑ですよね? 薫さん、彼氏いるし。何より、あの人巨漢だし髪型とかも無頓着で、全く魅力ないじゃないですか」 「そんなことないよ」  それはフォローではなくて、本当の気持ちだった。  確かに黒沢さんはふくよかだけど、全体的に丸い感じが癒されて、優しいオーラを醸し出している。無造作な黒髪は素朴でむしろ誠実さを感じるし。  食べ方も綺麗で一つ一つの所作は丁寧だし、ちゃんと清潔感がある。  こんなことを思っては失礼だけど、……何より、くうちゃんに似ていて可愛らしい。 「黒沢さんのことを悪く言わないで」  花菜ちゃんは呆れたように言った。 「そんなふうにお人好しだと、ストーカーとかされますよ。気をつけてくださいね」  まさか、黒沢さんに限ってそんなことにはならない。  話を終わらせるように花菜ちゃんを促すと、私もたまった食器を洗い始めた。  その後、ティータイムとディナータイムもこなし、ラストオーダーと片付けは遅番の人に任せて20時頃にようやく退勤する。  また一時間かけて電車に揺られて、マンションに着いた頃にはくたくただ。 「ただいま」  そう声をかけても返事はない。  いつものように大樹は寝室で先に寝ているようだった。  散らかったリビングを見てため息が出る。  シンクには使ったお皿がたまっているし、飲み終わったビールの缶もテーブルにそのまま置いてある。  洗濯機の中には、乾燥が終わった洗濯物が放置されていた。  ……少しぐらい、家事してくれてもいいのにな。  忙しいとはいえ、私だって働いているんだし。  この生活がずっと続いていくのかと、一瞬だけ背筋の方がすっと冷えていくのを感じた。 『僕と一緒に行ってくれませんか?』  黒沢さんと、プラネタリウムに行きたかったな。  そんな気持ちにハッとして、振り払うようにリビングを片付け始めた。  
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