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とらないで
土曜日。大樹のお気に入りのプジョーに乗って、私の実家に向かった。
今日も大樹は完璧で、整髪剤で整えられた髪も、シンプルなシャツも洗練されていて、こちらが気後れするほどだった。
両親は端から私のことなど興味もないし、結婚も承諾してくれるだろう。そこは心配していない。
不安はただ一つ。
どうか沙織が家に居ませんように。沙織は実家で暮らしながら、数年前にスカウトされた読者モデルをしたり、定期的に海外旅行をしたりして人生を謳歌している。
幼少時代、過保護に育てられた反動なのか、だいぶ外向的に育った。
沙織が充実した生活を送っているのは、私にとっても喜ばしいことだった。沙織が自分の人生に夢中になるほど、私に執着しなくなる。
大人になった今は、年に数回しか会わないし連絡をとったりもしないので、適切な距離が保たれている。
彼女が私に「ちょうだい」とねだることもなくなった。
「楽しみだな。薫の家族に会うの」
上機嫌で車を運転する大樹の隣で、ため息をかみ殺す。
「妹さん、いるかな」
何気ない大樹の言葉すら、棘のようにささった。
「いらっしゃい。おかえり、薫」
実家に帰ることは久しぶりだった。一軒家の周りには母が手入れをしている花壇が健在で、猛暑なのにしっかりと花を咲かせていた。
父も母も、玄関で出迎えて微笑む。両親共に外面がいいから、こういう時はとても助かる。
「暑かったでしょう。入って」
「大樹くん、よく来てくれたな」
「ありがとうございます。お邪魔します」
大樹はきっと、この数分間のうちに私達のことを良い家族だと感じたに違いない。
どこにでも存在するような、ささやかでありふれた家族。
両親が、一欠片も私に対して思い入れがないことなんて知らずに。
幼い頃は親の愛を渇望していたものの、今となっては身軽で自由であることに感謝をしている。
……今でも実家で暮らすことを強要されている沙織が、少し不憫に思うほど。
「おかえり! お姉ちゃん!」
清々しい風が吹くような美しい声が響き、私達は立ち止まった。
リビングから駆けてくる沙織。
速まる鼓動を抑えられない。
「待ってたよ!」
あの頃と変わらない、天真爛漫な天使の微笑み。
色素の薄い髪は艶やかに背中まで大切に伸ばされ、浮き毛なんてひとつもない。
陶器のように滑らかで色白な肌と、光が溢れんばかりのつぶらな瞳。
化粧は決して濃くないのに、姉の私でも惹きつけられる芸術品のような顔立ちだ。
白いワンピースは清楚なのに、どことなく色気も醸し出している。
しばらく見ない間に、ますますスタイルが良くなっている。円みを帯びたふっくらした胸元と、きゅっと締まったくびれに目を奪われた。
そして。
「………………」
言葉を失って、沙織に釘付けになっている大樹を見逃さなかった。
「大樹さん、初めまして! 沙織です!」
彼女がニッコリと微笑むと、大樹はみるみるうちに真っ赤になった。
「は、初めまして」
少年のように無垢な表情ではにかむ大樹を見るのは初めてで、胸が音を立てて軋んでいくのを感じた。
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