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私達はダイニングの席に座り、沙織が淹れてくれた紅茶を飲んだ。
ベルガモットの匂いはいつもだったら心地良く感じるはずなのに、緊張もあってか頭痛を誘発する。
「大樹くんは、KS不動産に勤務してるんだって?」
肩書きなどに敏感な父が、上機嫌で尋ねる。
大樹は凜として答えた。
「ええ、経営企画部で新規事業の立ち上げやマネジメントに携わっております」
「花形部署じゃないか! たいしたもんだ」
「薫にはもったいないわね」
優雅に笑う母の冗談が冗談に聞こえなくて、苦笑するしかなかった。
「ホントに。大樹さん素敵な方でびっくりしちゃった」
可憐に微笑む沙織に、また大樹が赤面する。さっきからチラチラと沙織に視線を送っていることにも気づいていた。
「カッコ良いし、仕事もできるし、優しいし、非の打ち所がないですね」
しっとりとした声が耳を撫で、同性の私でもドキッとする。
「い、いや……そんな」
見つめ合う二人に、胸騒ぎがして仕方なかった。
ハッとしたように私に視線を戻した大樹は、バツが悪そうにして目を逸らした。
なかなか本題に入らない大樹に不安が募る。
……どうして早く、「結婚を考えています」と言ってくれないんだろう。
「ね、大樹さんって趣味とかあります?」
無邪気な沙織の質問に、両親も和やかだ。
大樹はデレデレになりながら答える。
「読書とロードバイクです。以前はアウトドアにも凝ってて」
二人が付き合うキッカケになった音楽については触れない。そんな些細なことにもモヤモヤしてしまう。
「アウトドア! 私も好きです!」
目を輝かせる沙織。
沙織は聞き上手で、相手に気持ち良く話をさせることに長けている。
現に大樹は夢中になって、沙織との話に没頭していた。
「キャンプで食べる料理は最高ですよね」
「わかります! じゃあ今度一緒に……」
そう沙織が言いかけて、ふっと私に笑った。
「お姉ちゃんとも一緒に、キャンプしましょ」
結局その日は、結婚の話はせずに二人が意気投合していくのを傍観しているだけだった。
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