第二話

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     ◇ 「事は順調か」  宮中────執務室を(おとな)った航季(こうき)の一礼を受けると、容燕は開口一番にそう尋ねた。 「はい、父上」  その返答を聞くなり満足そうに低く笑い、容燕は髭を撫でる。 「王室の分を除いて薬材を買い占め品薄にし、民の不満をすべて王族に向ける……。そして、絶望する民に我々が薬材を配給することで救いの手を差し伸べる。これで民心(みんしん)は王から離れ、蕭家を支持することでしょう」  航季は父の(ろう)した策を改めて口にし、そんな未来を想像して思わず口元を緩めた。  誰もが自分にひれ伏し、(あが)(たてまつ)ることになるのだ。  もともと民たちは王に何の期待もしていない。  ない民心をさらに失うとは、何とも救いようのない話である。  容燕の双眸(そうぼう)に冷酷な色が滲んだ。 「……柊州(しゅうしゅう)疫病(えきびょう)が都でも蔓延(まんえん)すれば、さらに薬の需要が高まるな」  玻璃国は桜州(おうしゅう)葵州(きしゅう)楓州(ふうしゅう)、柊州の四州に別れており、柊州は南東部に位置する。  容燕はその掌握(しょうあく)を目論んで動き始めていた。  商業が盛んな柊州は、商取り引きの(かなめ)とも言える地だ。  蕭家が制圧してしまえば、資金()りも思うがままである。  容燕はその柊州で意図的に疫病を流行させ、薬材の需要を高めていた。  ここ桜州へ患者が流入し、王都(おうと)である雛陽(すよう)にまでなだれ込めば、疫病はさらに猛威を振るうことになる。  しかし、ここにも既に特効薬をはじめ薬材はない。  持っているのは蕭家のみだ。絶望に喘ぐ民たちを救えるのは、蕭家しかいないのである。  既に柊州の悪党を抱き込み、彼らに商団(しょうだん)を制圧させ、柊州内の薬材を回収し始めている。  このまま商団の制圧を続ければ、資金の運用を意のままにできる────そんな算段であった。  財も名声も得られ、一石二鳥だ。 「さすがは父上です」  心からの賞賛を送ると、容燕もさらに機嫌をよくしたようだった。  患者たちの「助からないかもしれない」という焦りは、薬材を独占している王族への怒りへと変わり、それが募れば憎しみになる。  実際に独占しているのは蕭家で、王室は何ひとつとして関与していないわけだが、民たちはそんなことを知る(よし)もない。
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