第二話

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 ふたりを試すような、長く重い沈黙がその場に落ちる。  おもむろに動いた容燕は航季の(はい)している剣を抜き、勢いよく悠景の首に当てた。  ヒュッ、と風を切る音が真横で聞こえ、彼は思わず固唾(かたず)を飲む。  平静を保っていた朔弦も、これにはさすがに無表情とはいかなかった。視線が彷徨う。  容燕からは意図を汲むことができない。  航季でさえ、事の成り行きを黙って見守るしかなかった。  再び風切り音が響き、容燕が思い切り剣を振り上げる。 「……!」  ……ドッ、と強く振り下ろされた剣の切っ先が悠景の首を断つことは、結果としてなかった。  眼前すれすれの床に突き刺さり、ぎらりと鈍く光を放つ。  極度の緊張状態から解放され、悠景は小さく息をつく。  朔弦もまた、ひとまず事なきを得たことに安堵した。 「……よいか」  容燕はふたりに背を向ける。  冷酷で静かな後ろ姿は、本心をどこまでも奥へと閉じ込め、推し量ることすら許さない。 「太后に伝えよ。わたしに従順であらせられるならば“あの件”は墓まで持っていく、とな」      ◇  夜が更ける。  ただでさえおぼろげに霞んで薄い月を、煙のような黒雲が覆っていく。  閑散とする町の中を、悠然(ゆうぜん)と闇が闊歩(かっぽ)していた。  開国当初から高貴な血を引く二大名門家のうちの一方、(しょう)家の広大な屋敷の一室に、高官たちが(つど)る。  彼らは卓子(たくし)を囲んで座った。  小さな蝋燭(ろうそく)だけを灯し、薄明かりの中で密やかな会合を開く。 「主上が即位されてからもう何年経ちますか」  高官の一人が口火を切った。  上座に座る屋敷の主、容燕はその話題に対し、思わしげに目を細めた。  先王が崩御(ほうぎょ)してから、はや九年。  現王はその後即位したものの、容燕が摂政(せっしょう)を務めているため、未だに自ら(まつりごと)をしない。  かと言って放蕩(ほうとう)気質なわけでもなく、実に日がな一日のである。 「……ちなみに主上は普段、何をなさっているので? 蒼龍殿(そうりゅうでん)には()もっておられるようですが」  蒼龍殿は普通、王が政務をこなす殿であるが、現王は政務に携わっていない。  それでも基本的には毎日、蒼龍殿に入っているようであった。
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