第二話

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余紙(よし)に落書きをなさるか、御八(おや)つを召し上がるかですよ。女官に確かめさせましたから間違いない」  呆れたような笑いや失笑が湧いた。 「何と……情けない。まるで幼子(おさなご)ですな」  ひとりの高官の言葉に再び笑いが起こった。  容燕も目を伏せ、吐き捨てるように笑う。  王のそんな点は容燕にとって好都合であるため、この場で取り沙汰する問題ではない。  本質はそこではないのである。  ひと通りの波が引いたのを見計らい、別の高官が真面目くさった態度で口を開いた。 「ところで、王妃の座がずっと空いたままです。国のしきたりにより早急に妃を迎えるべきでは?」 「ううむ……」  高官たちが唸る。各々、顔から笑みを消した。 「とはいえ誰をその座に就けるのです? 少なくとも、我々側の人間でなければ……」 「無論です。ただ……朝廷の要職には主に蕭派が就いておりますが、鳳派の高官も少なくありません」 「何より鳳元明が最高位である宰相(さいしょう)の座に就いております」  飛び出したその名に、容燕の眉がぴくりと動く。  王を補佐する最高位の官吏(かんり)である宰相の地位は、兼務の職ではあるが、使いようによっては王すら操ることが可能だ。  それはすなわち、国までもを意のままにするのと同義であった。  そのため、容燕はかねてからその地位を喉から手が出るほど欲している。  ────現在の朝廷では、王の直下に三省(さんしょう)と呼ばれる三つの機関がある。  中書省(ちゅうしょしょう)門下省(もんかしょう)尚書省(しょうしょしょう)がこれにあたる。  容燕は門下省の長官・侍中であり、元明は中書省長官・中書(れい)であった。  また、三省のひとつである尚書省の管轄下には六つの行政機関があり、これは六部(りくぶ)と呼ばれる。  吏部(りぶ)戸部(こぶ)礼部(れいぶ)兵部(へいぶ)刑部(けいぶ)工部(こうぶ)からなり、この三つの機関と六つの部は、合わせて“三省六部(さんしょうりくぶ)”と呼ばれていた。  そのほとんどの要職を蕭派の官吏が担っているのが現状だ。  また、門下省の長官というのも十分高位ではあるものの、容燕にとっては不服だった。その理由も元明にある。  三省のうち尚書省の長官は、常置(じょうち)の規則がないために現在は任命されていない。  加えて三省のさらに上位の官職も、名誉職であるためいまは空位だ。  つまり、官位だけで言えば容燕も元明も同格なのである。  ただし、宰相に任ぜられているのは元明だ。  それにより差が生じ、彼が最高位という位置づけなのであった。
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