第十話

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 その声がひときわ低められる。不機嫌ぶりを前面に押し出し、鋭い眼差しを春蘭に突き刺した。 「あれは、あなたが……」 「何よ、まだ歯向かうつもり? わたしが誰だか分かんないの? 貧乏令嬢が生意気なのよ!」 「待って、わたしは────」 「お嬢さま」  口を挟む隙もなく、怒涛(どとう)の剣幕で捲し立てられる。さすがにまともに名乗ろうとしたところ、間の悪いことに千洛が戻ってきた。  その後ろには四人ほどの令嬢がかしこまった様子で連なっている。春蘭のほかの招待客だろう。 「早かったわね。そこで待って。いまからこの者に特別なお茶を振る舞うから」  帆珠は春蘭を顎で指し示す。  嫌な予感が湧き上がり、思わず「え」と硬い声がこぼれ落ちた。警戒心で身体が強張る。  わざわざ“特別”と称された茶、それも自分に敵意を抱いていると分かりきっている相手の淹れたものを口にするなどさすがに抵抗がある。  茶会と言うからには飲食は避けられないだろうと分かっていたが、どうにかうまく(かわ)してやり過ごすつもりでいた。  しかし、こうして個人的に茶と時間を用意されてしまっては避けられない。  帆珠は自身の正面にあった茶杯を手に取り、勢いよく春蘭の真ん前に置いた。茶の表面が波打つ。  どうやら最初から既に準備していたようである。  茶壷(ちゃふう)から注ぐところから確認できていればともかく、これでは何かを仕込まれていても分かりようがなかった。 「……これは?」 「見ての通り冷茶(れいちゃ)よ。ありがたく飲むといいわ」  帆珠が見るからに楽しげな様子で口角を上げる。  顔を見合わせた令嬢たちはどこか怯えたように、あるいは春蘭を気の毒そうに眺めながらも我関せずを決め込んでいた。  巻き込まれようものなら、自分が害を(こうむ)る羽目になる。  ただ、その中のひとり────瑠璃のあしらわれた髪飾りを身につけた令嬢は、顔を上げたまま興味深そうに事の成り行きを見守っていた。  事情はともあれ帆珠に目をつけられているらしい春蘭が、たとえば涙のひとつでも見せようものならすぐにでも間に入るつもりでいたが、どうやらそんな気配はない。  あの茶杯の中身が何なのかは知らないが、飲もうが飲むまいがどう転んでも帆珠に有利である。  彼女がどう切り返すのか、見てみたくなった。
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