第十話

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 飛び込んできた紫苑は脇目も振らずに寝台へ駆け寄り、昏々(こんこん)と眠る春蘭の頬に手を添えた。  紅潮しており、火照(ほて)っているのかと思ったがむしろ冷えているくらいだった。肌も唇も白く血の気が引いており、嫌な不安をかき立てられる。 「お嬢さま……」 「……この子ならもう心配ないわよ。お医者さまにも診てもらったし」  芳雪は安心させるべく穏やかに告げる。  ────あの茶杯の中身は“酒”であった。  どうやら春蘭は酒を受けつけない体質らしく、それにも関わらず一気飲みをしたせいで酒精(しゅせい)が中毒を引き起こしたようだ。  また、少量だが全身を痺れさせるような怪しげな薬まで混入されており、それらの影響を諸に受けてしまったとのことであった。  医員の処置のお陰で毒気は抜けたため、休めば快方に向かっていくだろう。 「よかった……」  彼女の言葉に紫苑は心底ほっとして息をついた。  すると、ようやく芳雪の存在に意識が向いた。春蘭が茶会で倒れてからいままで、ずっと付き添って介抱(かいほう)してくれていたのだろうか。 「こたびはお嬢さまが大変お世話になりました。あの、ところであなたは────」 「おい、紫苑! おまえ、春蘭のことになるとほんっと周り見えなくなるよな。足速すぎだし顔怖すぎ……」  遅れて現れた櫂秦の文句が不意に途切れた。その視線が間仕切(まじき)りの奥にいた芳雪へと向けられる。  互いが互いを認識した瞬間、はっと息をのんだ。 「櫂秦……!?」 「あ、姉貴!?」  ────数刻後、面々は意識を取り戻した春蘭を囲むようにして部屋に(つど)っていた。  随分と顔色がよくなり、体調も回復しつつある。 「……春蘭の命を救ったのが、まさか櫂秦のお姉さんだったとはね」 「姉君(あねぎみ)もいたのだな」 「ああ……。つか、おまえは何でいるんだよ」  いつの間にやら輪の中にいた光祥は、もっともな指摘を受けると茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべる。 「春蘭が倒れたって聞いて、いても立ってもいられなくなってさ。お見舞いに来たんだよ」  今回もまた施療院経由で話を聞いてきたわけである。肝を冷やして駆けつけたが、こうして無事な姿を見られて心底安堵した。 「みんな、心配かけちゃってごめんね。……それから、助けてくれてありがとう」  茶会の途中から記憶が曖昧で、気がついたら寝台の上だった、という具合に飛んでいたが、芳雪から事の顛末(てんまつ)は聞いていた。  帆珠の用意した飲みものを口にしたことは、自分自身でも覚えている。
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