第十話

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「ううん、本当によかったわ。びっくりしたのよ、得体の知れないものを迷わず飲み干すから。まさか帆珠の“冷茶”って言葉、信じたわけじゃないでしょ?」 「ええ……。でも、まさかあんなところで毒殺なんてされないだろうって思ったの。飲まなかったら今度はそのことをつつくだろうし」  その読みは恐らく正しい。  結局、あの場における最適解を導き出した上で実行してみせた春蘭は、それでもこんな目に遭わされた。  どんな選択をしたところで、最初から帆珠が損をすることはないよう仕組まれているのだ。  肩をすくめて苦笑する春蘭を見つめ、紫苑は咎めるように眉を寄せる。 「お嬢さま。もう二度とこんな危険な真似はなさらないでください」  帆珠から茶会に招待された時点で、何事もなく平穏に済むなどということはありえないと分かっていたはずだ。  それなのに危険を承知でひとり突っ走り、案じた通りのことが起きた。  穏便(おんびん)にやり過ごす方法がなかったわけでもないであろうに、わざわざ挑発に乗ったことは叱責(しっせき)されて(しか)るべきだろう。  紫苑には、心臓がいくつあっても足りない。 「……ごめんなさい。もうしないわ」  しおらしく謝った春蘭は俯く。言い訳の余地もなく、こうして迷惑をかけたことがひどく申し訳なかった。  ややあって芳雪に向き直る。 「芳雪、本当にありがとう」 「もういいってば、気にしないで。弟がお世話になってるお礼だと思って」  笑みをたたえつつ答える。  蕭家と鳳家、それぞれ名門家の姫として一流の姓を背負っているのは帆珠も春蘭も同じであるのに、こうも対極だとは面白い。 「……そうだ。何で姉貴がここにいんの?」  はたと思い出したように櫂秦が首を傾げる。それ以前のあまりの出来事に、再会の衝撃や感動がすっかり薄まってしまっていた。 「それはわたしの台詞だけど……。わたしはいま桜州(こっち)の親戚の屋敷にお世話になってるの。妃選びが近いでしょ」  櫂秦よりひとつ上の実姉である芳雪は、楚家の直系長姫(ちょうき)でありながら商団の生業には関わっていないため、柊州の本邸で暮らしているわけではなかった。  普段は楓州にある別邸で過ごしているものの、近頃は妃選びを控えていることもあり、王都に出てきていたところである。  家督(かとく)については芳雪も相続権を有していたが、このような背景により辞退した。  長兄は冷遇された庶子、長女は放棄、したがって末の櫂秦が否応(いやおう)なしに“楚家当主”兼“雪花商団頭領”の座に据えられたわけである。
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