第十話

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「商団のことは……」 「ええ、聞いてる。柊州のことも大まかにはね。とりあえずあんたが無事でよかった」 「…………」  眉を寄せた櫂秦が俯くと、思うところを察した芳雪は彼に歩み寄った。ふと頬を緩め、その頭に手を伸ばす。 「兄さまったら、うまく隠れたわよね。わたしたちにさえ見つからないなんて本当どこにいるんだか」 「……そう、だよな。隠れてて無事だよな?」 「当たり前じゃない。あんなに強い兄さまがこんなことで容易くやられるわけないでしょ。大丈夫に決まってるわ」  励ますように頭を撫でてやった。身長は櫂秦の方が高いのに、こうして見ると“姉弟”という雰囲気が強く滲み出ている。  芳雪の“大丈夫”という言葉は、不思議と本当にそう思わせるほどの説得力があった。包み込むようなあたたかい笑顔に櫂秦の不安も和らいでいく。  硬い表情が多少なりとも元通りになり、芳雪は腕を下ろした。 「────さて、それじゃ今日のところはお(いとま)しようかしら」 「またいつでも来て。この恩は絶対忘れないわ」 「ふふ、大げさ」  可笑しそうに、それでいてどこか嬉しそうに笑った芳雪は、それから再び櫂秦に向き直る。 「わたしは帰るけど、あんたはどうする?」 「……行きたくねぇ。あんなとこ」  桜州に住まう親戚もまた本家の人間たちと同じだ。血筋だけを尊ぶ、排他的(はいたてき)で意地の悪い連中。  幼少期に数度会った程度だが、そのとき覚えた鮮烈(せんれつ)な嫌悪感は未だに忘れられない。  芳雪にも気持ちはよく理解できる。そのため強引に連れ帰ることは諦めた。 「ごめんね、春蘭。もうしばらく櫂秦のこと預けててもいいかしら」 「もちろん、好きなだけいてくれていいわ。賑やかになって楽しいし」 「ありがとう、助かるわ。じゃあ────」  芳雪は一旦言葉を切った。  凜然たる眼差しながら口元に穏やかな笑みをたたえ、まっすぐに春蘭を捉える。 「妃選びでまた会いましょう」  どきりと心臓が跳ねた。  彼女も楚家を代表する妃候補者なのである。  こうして親しくなっても、そう遠くないうちにいがみ合う敵同士となってしまうのだろうか……。
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