第十一話

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 目の前にいる彼にはただ“寂しい”と泣き叫ぶ、小さな男の子の面影(おもかげ)が色濃く差しているだけだった。  九年間、ずっと同じ眼差しををしている。  彼がひとりになったあの頃から何も変わっていない。  両親と太子である兄を立て続けに失い、何も持たないまま、血筋だけで即位した王。  誰にも望まれず、自身すら望んでいないのに、玉座に座ったばかりに奸臣(かんしん)謀略(ぼうりゃく)に利用される羽目になった。  大禍(たいか)の渦中で己を飲み込まんとする重圧と孤独にもがき、必死にこらえ、ここまでどうにか生き抜いてきたが、穏やかに眠れた日など一日としてなかったことだろう。  彼がひとりになった日、否、それよりもずっと前から元明は煌凌を気にかけてきた。  兄を慕い、その後ろをついて回ってばかりいた小さな男の子。  ────その健気(けなげ)な姿が、元明自身の弟と重なって見えた。  いまはもうこの世にいない弟の、幼少期の幻影を追っていたのだ。  歳月とともに成長した煌凌に対しては変わらず心を配っているが、いまとなっては我が子のような存在と言えた。  元明にとっても煌凌が大切であることは確かだ。いささか頼りないとはいえ、素直で心優しい人となりを知っている。  それゆえに、娘を嫁がせるのに特段(とくだん)反対する理由もなかった。……彼が普通の男であったなら。 「……好き嫌いで人を選んではなりませんよ」  穏やかながらも厳しく、(いさ)めるように言った。  煌凌は、ほかでもない王なのだ。 「そのような理由でわたしを宰相にしただけでなく、娘まで王妃に迎えたら……苦境に立たされるのは主上です。国事は飯事(ままごと)ではないのですよ」 「それは、分かっているが……」 「何度でも言いますが、わたしは宰相の座など────」 「そ、そなたしかおらぬ! 辞めるなどと言うな、頼むから……」  いつでも返上する覚悟はできている、そう続けられたであろう言葉を慌てて遮った。  宰相にふさわしい者という意味でも、朝廷での味方という意味でも、元明のほかにいない。  元明はゆらゆらと揺れる双眸(そうぼう)を見返した。  彼の感情は分からないでもないが、不当な人事であると取り沙汰されようものなら反論が浮かばない。 「す、好き嫌いというより……そうだ、王妃には蕭家の娘が内定している。これに対抗できるのは春蘭以外におらぬであろう?」
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