第十一話

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「元明。あの……」  言いづらそうに口ごもりながら煌凌が言う。 「余には、話を聞いてくれるような臣下がおらぬ」  何を言ったところで()(ごと)だと一蹴されて終わるだろう。  いくら王と言えど、煌凌の言葉は現実性も説得力も伴わないのだ。  自ら(まつりごと)を行わない、容燕の言いなりでしかない“名ばかりの王”────。  誰しもがその現状を知っているから。 「……いいですか、主上」  元明はひときわ優しい声で語りかけた。  慈しむような双眸(そうぼう)に、悲しげな煌凌が映る。 「主上が自ら動くこと。これに意味があるんです。いままで主上は何かしてこられましたか? ……何もせず、何かする前から、諦めていたのではありませんか」  煌凌は口を噤んだまま目を伏せた。思い当たる節があった。  政そのものも、容燕に抗うことも、悠景や朔弦が捕らわれたときも────はじめから諦めていた。  容燕が“ふたりを投獄しろ”と言うのであれば、そうするしかないと思った。  彼らを守る術も力もなく、逆らえば自分が玉座から引きずり下ろされた挙句に殺されていたかもしれない。  だから、戦うのをやめた。怖くて早々に諦めた。 「恐れることなんてない。こたびは、わたしの言葉を信じてくれませんか」  布が水を吸うように、元明の澄んだ言葉がすんなりと耳に浸透していく。  昔からそうだ。俯いて立ち止まった煌凌の手を引き、明るいところへ連れ出してくれた。  ……こく、と頷いた煌凌に元明は笑いかける。 「大丈夫。ともに戦いましょう」      ◇  いつにも増して険しい面持ちで、朔弦は几案(きあん)の上に肘をついていた。  額を支えるように手を添え、長いこと口を噤んでいる。 『昼間、町でおまえを見かけた。一緒にいたあの男は誰だ』  そう尋ねたときの春蘭の狼狽えぶりと言ったらただならぬものであった。 『み、見間違いじゃありませんか? わたし、紫苑としか出かけてませんし……』 『わたしの目を疑うのか』 『じゃあ人違いとか……! とにかく、わたしには何のことだか分かりません』  彼女はいったい何のために嘘をついたのだろう。  得体の知れない銀髪の男への既視感も春蘭の虚言や動揺も、朔弦の懸念を煽ってならなかった。
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