第十一話

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「あのー……将軍」  宿衛(しゅくえい)日誌をつけていた莞永は、とうとうたまらなくなって声をかけた。 「何かあったんですか?」  石のように動かない朔弦が果たして何を思案しているのか、まったく読み取れないが、気にするなと言う方が無理なほど峻厳(しゅんげん)たる雰囲気を醸し出している。 「……おまえに命じたことを覚えているか」 「え? あ、はい。鳳邸にいた紫苑くんのことですよね。お嬢さまがお屋敷を空けてる間、動向を見張っておくようにって」  鳳邸を訪ねる前、市で見かけた怪しい男に対し、無視できない勘が働いた朔弦は彼に目をつけた。  春蘭が尻尾を出すまいと意気込んでも、どこかに綻びは必ずある。  折を見て紫苑を監視するよう莞永に命じていた。そこから掴めるものがあるかもしれない、と踏んでのことだ。  莞永の報告によると、紫苑は丹紅山の麓に佇む堂へと向かったらしい。それ以上の収穫はいまのところないが。 「そういえば、どうして紫苑くんの監視なんて命じられたのですか?」  ふと思い出したように莞永が尋ねる。  普段は朔弦の命令に理由など求めないが、そこが(かなめ)であるのならばそうはいかない。 「……鳳邸を訪ねた日、市で怪しい男を見かけたんだ」 「怪しい男?」 「その者は鳳春蘭と一緒だった」 「えっ、お嬢さまと……!?」  実のところ答えてくれるとは思っていなかった上、その内容に驚いてしまう。  あっさりと思考の全容を明かしたのは、よほど気にかかってならないためだろう。  猫の手ならぬ莞永の手を借りたいのかもしれない。  そう勘づいた彼は張り切ってその日の記憶を辿った。 「あっ。怪しい男って、もしかして珍しい髪色をしてた人のことですか? 白っていうか銀っていうか、すごく綺麗な……」 「おまえも見たのか」 「はい、目立ってたので。お嬢さまと一緒だったとは気づきませんでしたけど」  朔弦は机上で手を組む。直感的な違和感を思い出し、秀眉を寄せた。 「……あの者に見覚えがあるような気がする」 「え……。前にどこかで会ったとか?」 「分からない。一向に思い出せないんだ」  静かに息をつくと同時に目を伏せる。  確かに既視感があるのだが、その正体は依然として掴めずにいた。 「あ、それならわたしが探ってみましょうか? 地道に調べていけば辿り着けるかもですし!」
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