第一話

2/11
前へ
/215ページ
次へ
 肩をすくめて笑う少女に思わず聞き返した。 「うん。お母さまのお墓参りに行ってきたんだけどね、紫苑(しおん)とはぐれちゃって」  迷子と言う割に不安がる気配はまるでなく、かなり暢気(のんき)に構えているようだ。  “紫苑”が誰なのかは知らないが、それよりもそんな彼女の様子の方が気になった彼は眉を寄せる。 「ひとりはこわくないのか……?」 「こわくないわ。紫苑ならぜったいに見つけてくれるもの」  よほどの信頼が窺えたが、彼にはその感覚がいまいちぴんと来ない。  そのうちに少女が「そうだ!」とひらめいたように手を叩く。  ごそごそと袖に手を入れると薄紙を取り出す。  中には艶めく真っ赤な飴の串が二本包まれていた。 「山樝子(サンザシ)飴よ。一本あげる」 「サンザシ飴……?」 「うん、さっき(いち)で買ってきたの。本当は紫苑に一本あげようと思ってたんだけど、ないしょね」  しー、と人差し指を立ててみせる少女と差し出された飴を、戸惑うように見比べる彼に笑いかける。 「甘酸っぱくておいしいから食べてみて! 紫苑が迎えにきてくれるまで、わたしもここにいるわ」 「…………」  おずおずと飴の串を受け取ると、少女は嬉しそうに自分の飴を頬張った。  「おいしい!」と純真な笑顔を咲かせる。  眩しいほどのその姿を見ていると、心を覆う暗雲が晴れていくような気がした。 「あの────」 「お嬢さまー!」  自分を呼ぶ声を聞き、少女は弾かれたように顔を上げる。  薄紙に残りの飴を包み直し、ぱっと立ち上がった。 「紫苑だわ。行かなきゃ」  一歩踏み出しかけた少女の袖を、彼は思わず掴んで引き止める。 「また……会えるか?」
/215ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加