第二話

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 民たちの騒ぎには一切目もくれず、そばに立てられていた木製の高札(こうさつ)へ駆け寄っていった。  刷毛(はけ)で素早く糊を塗ると、紙束から抜き出した一枚の紙を貼りつける。  淡々と貼り紙の仕事をこなした役人たちはそのまま素早く去っていく。  それに伴い、薬房の前に集まっていた民たちの熱が少し冷めたらしく、怒号の波が先ほどよりも引いた。  民たちは、今度は高札の前に寄ってくる。 「何て書いてあるんだ?」 「王室が薬材を独占している、って……。おい、こりゃ何だ!?」  民衆の中のひとりが触れ文の内容を端的に伝えると、瞬く間に動揺が広がった。  まっさらな白い布に墨を垂らしたように、じわじわと不信感が浸透していく。 「ど、どういうことだ?」 「じゃあ、薬草畑が荒らされたことを知った王室は、こうなることを見込んでとっとと買い占めちまったってわけかい!?」 「そんなことが許されるのか!」  民の間の動揺は、次第に王室への怒りへと変わっていった。  薬材不足という現状が火となり、この触れ文が油となって、轟々(ごうごう)と燃え上がっていく。 「確かに……宮中で使われる薬の数は減ってないと聞いた」  薬房の店主が言う。  矛先を変えようという魂胆(こんたん)はなかったが、結果的にそうなった。  それを聞いた民たちの興奮がさらに増す。 「ってことは、俺たちの苦しむ様を高みの見物してるってわけか」  あちこちから非難や批判の声が響き、町はいっそう大騒ぎとなった。  先ほど薬房で暴れていた民は、今度は高札に農具を振り下ろす。  八つ当たりをしても、やるせない憤りという激情を鎮めることはできず、一旦引いたはずの波が再び激しくなっていく。  怒号、悲鳴、泣き声が、そこら中から湧き上がっていた。  はら、と春蘭の足元に破られた触れ文が落ちてきた。  困惑したまま拾い上げて目を落とす。 「これは……」 「ひどいですね。光祥殿の言っていた通りですが、予想以上です……」  紫苑もまた、落ちていた薬材の値札を拾って眉をひそめた。  以前に市で見かけたよりもさらに高騰している。
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