第二話

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「ちょっと待って! こんなの嘘よ」  毅然(きぜん)と顔を上げた春蘭は、触れ文を掲げながら民衆の方へ歩み出ていった。 「お嬢さま」 「お嬢さま……!」  紫苑と芙蓉は慌ててあとを追う。彼女は怖いもの知らずにもほどがある。 「嘘だ? 何でそんなこと言えるんだよ」 「それは……だって、民の規範(きはん)となるべき王室がそんなことするはずないでしょ?」 「どうだかな! 危機が及べば保身に走るもんだろ」  彼らは一様に猜疑心(さいぎしん)(あらわ)にしていた。冷笑には失望まで滲んでいる。 「それに、お役人さまがこうして糾弾(きゅうだん)してんだぞ?」  ばっ、と春蘭の手から触れ文をふんだくった。 「この内容が事実ってことだろ!」  その点に関しては反論の余地もない。  内容を否定したのは心象(しんしょう)に過ぎず、そもそも根拠は薄弱どころか無に等しいのだ。  国の(ろく)()む役人がなぜ王室を(おとし)めるような内容の触れ文をしたのか、実際に妙な事態ではあった。 「やっぱ王室が独占してるんだな。俺たちを嘲笑いやがって……」 「貧しい民の命なんざどうでもいいってことか!」  鎮まったはずの騒動が熱をぶり返し、彼らは再び暴挙に出た。  怒号に金切り声、破壊音が響き渡り、春蘭の声はひとつとして届かなくなる。 「……参りましょう、お嬢さま」  混沌(こんとん)としたそんな光景をなす術なく見つめた春蘭は唇を噛み締め、ぎゅ、と両手を握る。 「…………」  黙したまま踵を返した春蘭に、芙蓉は慌ててついていった。  悔しげな横顔を認めた紫苑もまた、追随(ついずい)しながら口を開く。 「何をお考えで?」  軒車まで戻ってくると、ぴたりと足を止めた。  顔を上げた春蘭の顔からは凜然(りんぜん)たる色が窺える。 「……わたし、宮殿に忍び込むわ」 「えっ!? なにをおっしゃってるんです!」 「そうですよ、どうか冷静になってください。お嬢さま自身のためにも」 「こんな状況、見て見ぬふりなんてできないでしょ。本当に薬材を独占してるとしたらあまりに救いがないわ。もしそうだったら、くすねてでも取り返して配給する」  そんな言葉を受けた芙蓉は、不安そうに紫苑を見上げた。  同じような心持ちで秀眉(しゅうび)を寄せた紫苑も憂う。 「ですが……あまりに危険ですし、無謀では? もしバレたら鳳家そのものの信用に関わるのでは────」 「だから」  春蘭は紫苑の両腕を掴み、迷いも曇りもない眼差しを向けて懇願(こんがん)する。 「バレないように協力して欲しいの」
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