第一話

5/11
前へ
/215ページ
次へ
 太后は厳しい視線を悠景と朔弦に突き刺す。  蓋碗を手に取り、感情のままに床に叩きつけた。  中に入っていた茶が飛び散り、朔弦のつま先を濡らす。  彼はそちらを一瞥(いちべつ)したものの、一切表情を変えなかった。  焦燥から癇癪(かんしゃく)を起こす太后の様相に、悠景は困り果てたように指先でこめかみを掻く。  ちら、と至極冷静な甥に目をやった。  基本的に使のは朔弦の役目である。  太后とて、最初から悠景の返答に期待などしていなかったはずだ。  朔弦はしかしながら、なかなか積極的とは言えない態度だった。  策略を練るのも、敵の思惑を見破るのも、策士(さくし)である朔弦の右に出る者はそういない。  余人(よじん)をもって代えがたい逸材ではあるが、太后の望むところに沿う意欲を見せない。  賢い朔弦が、太后の意図や狙いに気づかないはずもないのに。  つまり、単に無頓着(むとんちゃく)なのだ。  悠景ほど太后の()をあてにしていない。  太后の配下ではあるものの、叔父がそうだから従っているだけ、という不本意ぶりを隠そうともしていないのだ。 「────では」  沈黙を貫いていた朔弦だったが、悠景の視線に促され、ようやく口を開いた。  視線を上げ、まっすぐ太后を見据える。 「まずは、(ほう)家か(しょう)家……どちらの勢力につくかお決めください」  太后と悠景が瞠目(どうもく)する。  何らかの策を講じていることは予想にかたくなかったが、いささか想定とは異なった角度からの発言だった。  ────鳳家と蕭家はいずれも王家に次ぐ名門家である。  その昔、もともと戦乱の地であった玻璃国で敵を一掃し、国を開いた太祖(たいそ)がいた。  ひとえに安寧を願い、民のために尽くした彼はのちに光玄王(こうげんおう)と呼ばれ“英雄”として語り継がれている。  鳳家と蕭家はそんな彼を補佐した一等功臣(こうしん)の家系だ。  その功績を讃えられ、彼らもまた英雄として広く知られている。  光玄王はその昔、そんなふたりの功臣にそれぞれ家号(かごう)を贈った。  鳳家は“彩鳳翔栄(さいほうしょうえい)”。  蕭家は“蕭雅悠遥(しょうがゆうよう)”。  それは、この上ない名誉と誇りを知らしめる事実であった。  以来、両家はますます栄華を極め、他家の追随(ついずい)を許さない地位を確立することとなる。  しかし、時代の流れた現在。  建国当初から続く因縁は次第に確執(かくしつ)へと変わり、その溝はますます深まっていく一方であった────。
/215ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加