第一話

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「……何だと? この妾に、臣下に(へりくだ)れと申すか!」  語気を強め、眉を吊り上げる太后。  矜持(きょうじ)の高い太后にとっては、何とも屈辱的な話である。  敗北を認めることが前提であるとは、何たる戯言(ざれごと)だろうか。  雲行きの怪しさを感じ取った悠景は、朔弦を庇うか、あるいは叱責(しっせき)するか迷ったものの、その答えが出る前に朔弦が頷いた。  怯むことなく、淡々と言葉を続ける。 「左様です。太后さまが王を手懐けるなど、とても現実的とは思えませんから」 「なに?」 「実際、そう感じておられるのでは? ……あの王は腑抜(ふぬ)けではありますが、ばかではない。ですから、太后さまの手には落ちません」  冷徹な朔弦の言葉に、さすがの太后も口を噤んだ。  何とも礼儀知らずで不遜(ふそん)な態度である。  しかし、それは何もいまに始まったことではなく、わざわざ咎める気にはならなかった。  朔弦が単に生意気なのではなく、常に物事の本質を見抜き、何ひとつとして間違ったことを言わないからだ。  太后は薄く笑った。ため息をつくようにせせら笑う。  それでいて、どこか満足気である。  ────確かに気がついていた。  かつて自分と敵対した女の息子であるあの王は、その事実を知ってか知らずか、太后との間に一線を引いている。  どれほど優しい笑みで歩み寄ろうと、決して心を開かない。  打算や欺瞞(ぎまん)をすべて見透かしているように、同じような笑みで突き返される。  ……そういう意味では、確かにばかではない。  (まが)いものの慈愛は通用しない。 「ですから、手懐ける必要はありません。支配すればいいのです」  朔弦の言葉に太后は思案顔で数度緩やかに頷いた。  成り行きを見守っていた悠景は二人を見比べ、密かに息をつく。  どうやら嵐の直撃は避けられたようだ。  朔弦は声色を変えないまま続ける。 「現在、この国の朝廷(ちょうてい)は蕭家、そして鳳家の力が圧倒的です。蕭家の言うことに陛下は反論できず、また、最高位である宰相(さいしょう)の座には鳳家が就いている。双方を相手取ることは現実的ではありません」  蕭家は出世欲や野心が強く、周囲に対して攻撃的な性質だった。  一方の鳳家は、蕭家とは正反対の平和主義である。  当主(とうしゅ)元明(げんめい)は争いを好まないものの、王の信頼が厚いのは鳳家の方であるため、蕭家にも引けを取らない力を有している。 「……そうだな」  太后は大人しく首肯(しゅこう)した。  両家と争ったところで勝ち目がないのは太后の力不足というより、両家が圧倒的すぎるからだ。  とはいえ太后は、いずれは朝廷を牛耳(ぎゅうじ)り、王すらも自身の言いなりにしようと目論んでいた。  誰よりも強大な権力を握る────。  その大望を叶えるためには、蕭家や鳳家という障壁を打ち破らなければならない。
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