第6話 わたしはやっていない(3)

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第6話 わたしはやっていない(3)

 回廊を走り抜け、少女は中庭まで来て、ようやく足を止めた。    大きな木があったり、複雑に入り組んだ生垣が作られている中庭には人影はなく、ほんのひとときであっても、少女は1人きりになることができた。  思わず、本音がこぼれる。 「どうしてみんな、ひどいことをするの? わたしが『雑草』だから……?」  ニニスは、少女が宝石を盗んだように見せようとしていた。 「どうしてわたしは『雑草』なの?」    少女は悔しそうに言葉を吐き出す。  みゃーん。  その時少女は、まるで自分の言葉に応えるように鳴いた、小さな声を聞いた。  みゃーん。  みゃーん。  少女が驚いて周囲を見回すと、黒と白の毛並みの子猫を見つけた。  白い髪の下で、少女の目は大きく見開かれている。 (昨夜の、猫……?)  少女は笑顔になると、猫に両手を差し出した。 「おいで」  そう言うと、子猫は、みゃ、と鳴きながら、少女の膝に乗った。 「かわいい」  子猫は膝の上で、身体を伸ばすようにして、少女の顎に頭をこすりつける。  少女は細い指先を伸ばして、柔らかい子猫の体をしっかりと抱きしめる。  少女は自分の頬が緩んで、微笑みを浮かべているのに気がついた。 「まるでお友達のようね?」  少女がそう言うと、猫は肯定するかのように、みゃーんと鳴いた。  その時、背後から、低い声が響いた。 「何なの、その猫は。『雑草』」  恐ろしく不機嫌な様子で、ビアンカがそこに立っていた。 「この泥棒! お母様の宝石を盗んだかと思えば、今度は屋敷に野良猫を引き込む気? 本当にずうずうしい子ね。一体、あんたは何様なのよ? あんたなんか」  ビアンカの青い瞳が『雑草』を睨みつける。 「あんたなんか、『雑草』のくせに」  ビアンカの後ろにニニスが現れた。 「ビアンカ、その猫を始末しなさい。こんな汚らしい猫は、屋敷に置いておけない」  その言葉に、少女はひゅっと息を呑んだ。 (始末……!?)  少女はビアンカの手が、子猫の首を無造作に掴むのを見た。  義母と義妹には、何度も何度も、数え切れないほど、傷付けられてきた。  彼らが自分を憎むのはわかる。  自分は醜いし、気もきかないし、見ているだけでイライラするのだろう。  でも、この子猫は違う。  この子は、何にも悪いことをしていないのに。    少女は自分でも気付かずに、歯を食いしばり、長い前髪の下から、ビアンカを強い視線で睨みつけた。  ふわり、と少女の前髪が揺れ動いた。 「なっ」  ビアンカは、その瞬間、動揺したように見えた。  少女は澄み渡るような、美しい空色の目で、ビアンカを真っ直ぐ見つめている。 「な、何なの、その目は。『雑草』のくせに! 逆らう気なの!?」  ビアンカはそう叫ぶと、猫を掴んだ手に力をこめた。  苦しそうな子猫の鳴き声に、少女は叫んだ。 「や め て!!」  中庭に少女の声が響き渡った。
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