90人が本棚に入れています
本棚に追加
はじまり
機動救難士は潜水士や救急救命士などの資格を持ち、海難事故の現場にヘリコプターで迅速に駆けつけ救助活動を行う海上保安官だ。
第A管区海上保安本部、北海道航空基地には九人が配属されていた。
「べた凪ですね」
通信士の古田は海面の状態を確認し安堵する。
この日の海水温は、十六から二十度ほど。海上は風はなく波もほとんどなかった。
通報から約一時間後、海岸から沖合におよそ八キロ離れた海上で、要救助者を発見した。
「要救助者発見。二名確認。一人は男性、救命胴衣あり。もう一人は女性、救命胴衣なし、立ち泳ぎで漂流」
古田が双眼鏡で確認する。
救命胴衣を着用しているのは女性だと聞いていた。
通報の内容と違った。
海の事故では生きている人よりも、死体を引き上げる方がはるかに多い。
今回の要救助者は生きている。
機動救難士の門脇稜太と川崎敦は、ヘリコプターからおよそ二十メートル下の海面を確認する。
「まず、女性を先に救助する」
門脇がバディーの敦に大声で告げた。
「わかりました」
敦が手で合図を送った。
門脇は一番降下員としてロープを使い、ビル七階の高さから一気に降下する。
「降下!」
きれいに着水する。
◇
「俺から助けろ!病気だ俺は病気だから!!」
ライフジャケットを着用している男が叫ぶ。
普通、海上に一時間もいたら、こんなに騒げない。彼はパニック状態だ。
だがどう見ても、一時間近く立ち泳ぎで耐えていた女性の方が、体力の消耗は激しいだろう。
門脇は女性のほうに泳いでいった。
すぐに二番降下員の敦が来る。
……着水。
「どこか怪我をされてますか?大丈夫ですか?」
敦が男性の状態を確認する。どこも怪我はしてなさそうだ。
敦は門脇に合図し頷いた。
「俺は無理だ!もう無理だから先に救助してくれ!」
男性は泣き出しそうだ。だが、声が出るのは元気な証拠だ。
門脇は女性にエバックハーネスを取り付けた。
ヘリのプロペラの音がうるさいので彼女に大声で話しかけた。
「ライフジャケットを装着しました。私が一緒にいますので、もう少し頑張りましょう」
彼女はかなり体力を消耗しているが、意識はしっかりしていそうだ。
男の方が錯乱状態だった。
「はい……彼、から先に。さっさと上げて。うるさいから」
ちゃんと返事をしているから、彼女は大丈夫だろう。
「男性を先に!」
門脇は指示を出した。
浮力を手に入れて、彼女は安心したようだ。
「まだしっかりして下さい。彼を先にヘリに乗せます。次は貴方の番ですから、頑張って下さい」
気を抜かないように、彼女に声をかけた。
「早く!早く俺をヘリに上げろ」
要救助者の男がうるさい。
敦が男性に言い聞かせながら、エバックハーネスを装着する。
「大声で叫んだり暴れたりしたら、危険ですから、静かにじっとしておいてくださいね。落ちたくなければじっとしろ!」
敦がキレた。
まずいな、三分で上げる。
彼がヘリに乗るのを見とどけてから彼女のそばに戻った。
男性がロープで吊り上げられた。
ヘリコプターから吹き下ろしてくる風が強い。男性はクルクル回りながら上がっていった。
普通は要救助者が回ってしまったらダメだ。わざと回してんじゃないか?敦……
門脇はすぐに彼女の方へ戻った。
「ズボン脱いだんです」
彼女が何か言っている。
「え!なんですか!」
門脇はヘルメットを被っている。聞こえづらい。
「ズボンをはいてないの!」
ああ……
「大丈夫ですよ。皆さん履いてません」
意味が分からんだろうが、とにかく気にしないように伝える。
服が邪魔になって脱いだんだろう。
パンツも脱いでるのか?
「ヘリに毛布がありますので大丈夫です」
若い女性だから恥ずかしいだろうが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
門脇はそれとなく水中に視線を向けた。
確かに脱いでるな……
最初のコメントを投稿しよう!