マンション

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変質者だと思われるだろう。 なんなら通報されるかもしれないけど、門脇君が帰ってきたら彼の家にピンポンしに行くつもりだった。明里はバルコニーから身を乗り出して、上の階の電気が付くのを待っていた。 マンションの入り口で待ち伏せたりもした。 一時間もしないうちに通行人からスマホのカメラを向けられた。 変な人だと思われたに違いないと思い仕方なく部屋に戻った。 もしかして門脇君は家に帰っていないのかもしれない。 あるいは、嘘の部屋番号を言われた可能性もある。 三十分おきに彼が帰宅するのを確認する。 結局その日、彼は帰宅せず、夜中の二時まで粘って諦めた。 ネットで調べた感じだと、海保の勤務は夜勤もあるっぽい。 だから彼がいつ部屋に帰ってくるのかは分からないなと思った。 忍耐力の勝負だわ。 彼から電話番号聞いとけばよかったと後悔する。 高校時代、彼を振ったのは事実。 けど、門脇君に二股疑惑があったから仕方ない。 その事を根に持っているのだろうか…… そんなことを考えながら一週間が過ぎた。 仕事をしながら、帰宅後は探偵みたいな真似を続けたせいで、なんだか調子が悪い。熱があるような気がする。 なんとか残業を終えて、マンションに着いた時間は夜の九時だった。 そう思った矢先に、彼とエントランスで出くわした。 「あ!やっと会えた」 「おう」 彼はそれだけ言うと、さっさと私の横を通り過ぎる。 そしてエレベーターのボタンを押した。 中に入ると、私の為に開くのボタンを押してくれている。 一緒に乗っていいんだと、そこはホッとした。 「話があるんだけど」 「いや俺はない」 ……やっぱりそうだよね。 「独り言、早口でしゃべるから、聞いといて」 「もう三秒で着くけど、それで終われるくらい高速でどうぞ」 無理だ……三秒は短すぎる。 もうなんだか今日は熱っぽい。 調子が悪すぎるから出直そう。 彼のだいたいの帰宅時間が分かっただけでも収穫ありだった事にして。 八階でドアが開くとそのままエレベーターを降りた。 何も言わずにドアが閉まった。 門脇君はそのまま自室に帰っていった。 ふらふらする足下を気にしながら、何とか自分の部屋にたどり着く。 倒れそうになりながら、ドアを開けた。 せめて玄関に入ってから倒れなきゃと思い部屋に入った。 ドアが閉まる前に取っ手が引かれた。 「お前、何やってんだよ」 門脇君が私を後ろから抱きかかえるように腰を掴んで、倒れ込みそうな体を支え上げてくれた。 話さないんじゃなかったのか門脇…… 私はそのまま意識を手放した。 ◇ 気がつくと部屋のベッドに寝かされていた。 「勝手に部屋に入ったぞ。薬を呑ませて寝かせた。具合どう?」 ああ、そうか。玄関で倒れたんだった。 熱っぽいなと思っていたけど、やっぱり熱があったのね。 汗をたくさんかいたせいか喉が渇く。 「大丈夫。ありがとう」 これ以上門脇君に迷惑はかけられないと思った。 無理やり体を起こして起き上がった。 彼と話をしたいけど、今の状態じゃ無視だ。 門脇君は冷蔵庫から飲み物を持ってきて私に渡す。 「水分摂れ。ゼリー飲料も買っといた、そして薬。今晩また熱が上がるかもしれない」 彼は私の鞄を持ってきて、自分と連絡先を交換するように言った。 「連絡先……聞いてもいいの?」 「誰か側にいてくれる人がいる?いないなら、何かあれば俺に連絡しろ」 「重ね重ね……」 ずっとここにいるわけにはいかないからと、彼は私の熱を測ってから部屋を出て行った。すぐに食べられる物とバナナと、スポーツドリンクを枕元に置いてくれた。 買って来てくれたみたいだ。 何かあったらメッセージを入れるように。 何かなくても、状態を連絡するようにと言われた。 彼は救命士の資格も持っている。 医者に行くよりも安心できるような気がした。 『熱は下がりました。体調も良くなったのでもう大丈夫だと思います。迷惑をおかけしました。ありがとう』 彼が帰って、一時間ほどしてメッセージを入れた。 身体は重いし、しんどい。 けれど、寝ていれば、そのうち治るだろう。 これ以上門脇君に迷惑をかけるわけにはいかない。 我ながら最近の行動は馬鹿だったと反省する。 仕事に追われているのに、帰ってから門脇君と接触しようとストーカーみたいな行為に走って寝不足だった。 彼が話したくないと言っているのに、私は何を考えていたんだろう。 申し訳ない気持ちでいっぱいだ。そして何より自分が情けないと思った。 門脇君には、友人に来てもらう事と、熱が下がった事を連絡した。 無理をしないようにと返信があった。 あまり長文でやり取りするのは良くないと思い、ありがとうとだけ送った。 くらくらする頭を押さえてベッドに横になる。 『俺、高校生のとき、明里にふられたよな。あのときの恨み忘れてないから』 門脇君が言ったあの言葉が脳裏をよぎる。 私は恨まれてるんだよね。
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