元彼

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元彼

週明け事務所に出勤すると私は上司に呼び出された。 「伊藤さん。君に紹介した山下君だけど、一方的に婚約を解消されたと言ってかなりご立腹だ。わかっているだろうけど、彼の会社はうちの顧客だ。私だって軽い気持ちで伊藤さんを紹介したわけではないよ」 「……そう、ですか……お付き合いはうまくいきませんでした。お互いに考え方の違いがはっきりしましたので、私からお断りさせて頂きました。けれど、婚約した事実はありません」 上司はかなり不機嫌な顔になる。 「仕事をなんだと思っているのかな?付き合いっていう物があるんだから、断るにしても一方的なのはよくない。あちらの立場というものもあるからね。もう少し上手くできなかったのか?」 「申し訳ありませんでした」 「まぁ、とにかく。一度会ってちゃんと話をしなさい。私も暇じゃないんだから、君たちの痴話げんかなどで手を取られたくない」 「はい」 最悪だ。 別れました。はいブロックで済む話ではなかったようだ。 席に戻って、ふぅっと疲れを吐き出すように息をついた。 「伊藤先生、話、なんでした?」 パラリーガルの田中君が呼び出された理由を尋ねる。 「大した話じゃなかった。今日は定退決めることにする」 「うわ、なんか言われたんっすね。了解っす」 田中君は眉を上げて、同情するような表情を浮かべた。 そう。イライラする、くだらない話だった。 さて……どうするかな。 ◇ 婚約とは『結婚の約束を交わすこと、その約束』を意味する。 結婚の約束はしていない。彼はそれを念頭に置いていたかもしれないが、私は了承していない。 二人以外の第三者、両親や兄弟または友人に将来結婚することを知らせている状態でもない。 片方だけの気持ちで婚約をしたというのは無茶がある。 結婚前提でお付き合いをしましょうと言われたら、そもそも断っている。 ただ上司はそのつもりで紹介していたのかもしれないし、貴司さんは結婚を考えていてもおかしくない年齢だった。 それを踏まえると、彼が婚約していたと思ってしまっても仕方がないのかもしれない。 「別れるとしても相手を納得させる必要があるのか……」 「はい?」 「いや、ごめん。なんでもない」 私はそう言って、仕事に集中した。
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