過去と現在

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過去と現在

「先に買い物冷蔵庫に入れさせて」 「ああ。なんか手伝うか?」 「大丈夫。ちょっと待ってて、急いで動画観ちゃうわ」 「ゆっくり観た方がいいと思う。さっきのストーカー男が、結構きわどいから」 きわどいとはどういう意味だろう。 「そうか……預かれないんだよねデータ」 「ああ。駄目だ」 「それじゃ、お米だけ砥ぐわ。門脇君ご飯まだだったら食べていく?マグロ丼にするんだけど」 「食べる」 そこは遠慮しないんだなと思った。 彼が食べるならお米は三合炊かなくてはならないだろう。 計量カップでお米をはかる。 「明里、ちょっといったん家に帰る。すぐ戻る」 門脇君はそう言って部屋から出て行った。 着替えてくるのかなと思った。 その間に、ちゃっちゃと晩御飯の準備をする。 残り物だけど、昨日の肉じゃがもレンジで温めた。 しばらくすると、門脇君は三十キロの米袋を抱えて戻ってきた。 「俺んち酒屋だから、米も実家から送って来るんだよ。だけど自炊できないし良ければ食って」 いくらなんでも三十キロは多すぎる。消費するのに一年はかかる気がする。 「ありがたい。凄く……多いね」 「いつも職場に持っていくんだけど、明里の家で飯食わせてもらうことが最近多いから、どうぞ」 どうぞって。笑った。 「ありがとう」 遠慮なく三十キロの米をもらう。なんだか、ずっと一緒にいる友達のような会話だなと思った。 「お米が炊けるまで時間あるから、動画確認するね」 「ああ」 門脇君はタブレットを用意した。 それはほんの十分程度の物だった。 門脇君たちがヘリから降下する姿から、私達が吊り上げられるまで。 『俺から先に救助しろ!』と泣き叫んでいる山下さんの様子が映っていた。 「ああ……これは……」 「やっぱりアウトか?」 「全然アウトじゃない。彼の顔にはモザイクがかかっているし、個人名も出してないから大丈夫。ただ、日付と場所で、その時に救助された人で検索したら彼の名前が出てくるね」 「じゃぁ、まずい?」 「まずくない。そもそも、私たちは動画をホームページで流してもいいとサインしたでしょう。何の問題もないよ」 「ただ、山下さんの信用が失墜するだろう」 「自業自得という言葉がある」 今度こそ、ガチで狙われるぞと門脇君は言った。 ご飯が炊けたので私たちは食事をした。 「なんかいつも飯を御馳走になってる。外食が多いから助かるな」 「何度も助けてもらってるから、お礼も兼ねて……ってお米もらっちゃったから、お礼にも何にもならないかもだけど」 食後のコーヒーを入れて、門脇君に渡した。 少し話ができたらいいなと思った。 「あのさ、山下さんの事だけど。会って話すつもりなのか?」 ああ……そっちか。と思った。 彼とは高校時代の「恨み」について話したかった。 「多分話し合わないと彼は納得しないと思う。けど、この動画が流れたら、自分がどれだけ私に対して最低な態度を取っていたかが分かると思う。だから大丈夫」 「いや、全然大丈夫じゃないだろう。明里は昔からそうだった。全部自分で解決しようとしすぎだ。大丈夫だと言って全然大丈夫じゃない事だらけだ」 「昔から……」 その言葉に私は一気に十年前の記憶が蘇る。 あの時私はあの時代を必死に生きていた。 それしか自分の道はないと思っていた。 「今考えると、自分が背負い込む必要はなかったと思う。間違っていたし、いろいろ失敗したと思ってる」 「……いや、すまない。別に責めてるわけじゃない。俺も当時は子どもだった」 明里は高校生の頃、祖父の介護を押し付けられていた。 そして祖父が亡くなったとき明里は家に一人でいた。 自分のせいで祖父が死んでしまったという自責の念に駆られた。 そんなやり場のない気持ちを門脇君が解放してくれた。 彼はずっと私のそばにいてくれた。
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