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「行きますよ、一緒に上がりますから」
彼女は頷いた。
そこまでは普通だった。まだ彼女はしっかりしている。
「ヘリです。そのまま引き上げますから頭出さないでください」
吊り上げられ、ヘリのスキット部分を掴んだ時、彼女の頭ががくんと後ろへ垂れ、ぐったりとした。
「おい!」
急いでヘリの中に彼女を引き入れる。
寝かせて状態を確認する。
「意識レベル低下!」
隊員三人が彼女にかかる。脈をとる、呼吸を確認する。
肩を叩き、彼女に声をかける。
「おい!しっかりして、しっかり!」
彼女がうすく瞼を開ける。ヤバい……
「呼吸が浅い。酸素」
「転換の発作とかありますか?大丈夫ですか!」
誰の声にも反応しない。
門脇はヘルメットを取ってフードを脱いだ。
「おい!しっかりしろ……」
彼女は顎をしゃくり上げるように呼吸している。
死戦期呼吸だ。
すぐに隊員が心臓マッサージを行う。
そのまま門脇は人工呼吸をした。
ヘリ内に緊張が走る。
通信士が病院に連絡を入れ、状況を報告する。
三度、空気を送り込んだ時に、彼女は水を吐いた。
直ちに顔を横に向け、口を開け、指拭法を行う。
咳と共に彼女の意識が戻った。
皆が安堵のため息を漏らす。
救命士の山川がバイタルを測定する。
「大丈夫ですか?わかりますか」
彼女は苦しそうに、ハァハァ吐息をつきながら頷いた。
「服が濡れてるので、脱がしますね」
濡れた衣服は体温を奪う。
山川が躊躇なくハサミで彼女の洋服を切る。
後ろから救助された男性の視線を感じた。
視界を遮るようにレスキューシートで彼女を隠す。
乾いたタオルで身体を拭き、毛布で保温する。低体温状態なのは間違いないだろう。
ヘリはブレもなく着陸帯の中心で停止した。
卓球のラケットで病院スタッフが誘導してくれた。
病院のヘリポートには医師と看護師がストレッチャーを準備して待機していた。
そのまま迅速に医療機関に引き継ぎ、任務を完了した。
所要時間ここまで二十分。
後は医療機関に任せる。
「よかったっす」
「ああ……」
やっと緊張が解けた。
◇
門脇と隊員たちはヘリで航空基地に戻ってきた。
俺の判断ミスだったのだろうか。水難事故はほんの数秒が明暗を分ける。
瞬時に判断しなければならない。
門脇は潜水服を脱ぎながら考えていた。
事務所に戻ると今日救助に向かったメンバーが集められた。
「男性と女性どちらを先に救出するか決めたのは門脇だな?」
「はい。海上で女性は意識がしっかりありました。大丈夫だと判断しました」
上司は今日の現場の録画を確認するように指示を出した。
確かに彼女の意識は海面にいた時まではしっかりしていた。
「あの場合、男性がパニック状態で緊急を要しました」
敦も答える。
「彼女の意識はしっかりしていて、体力もありそうだったのでエバックハーネスを装着し、三分後に彼女も救助しました」
多分時間にして三分はかかっていなかった。
男性が先か女性が先かで大して差はないと思った。
「男性は、興奮状態で叫んでいました。男性の方を後に回すと救助に手間取り時間がかかると判断しました」
「男は自分を先に救助しろと叫んでいたので、暴れて救助に支障が出ると思いました。門脇さんの判断は正しかったと思います」
長い間水に浸かっていた状態で、突然水から上がるとショック状態に陥る事がある。それは突然起こる事で、先の事はあの段階では分からなかった。
現場でゆっくり様子を見て、観察するなどできるはずがなかった。
ヘリの中で彼女の意識は通常の除隊に戻った。
ヘルメットにはカメラがついている。全ての記録を確認できるように録画されている。
動画を観て、結果自分たちは最善を尽くしたと納得できた。
「問題はないだろう。この場合の判断は門脇が正しかった」
海上保安本部長から労いの言葉を貰った。
「病院彼連絡がありました。女性が意識を取り戻したようです」
電話を取った通信士の古田がそう告げる。
皆がほっとした。
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