明里 

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「失礼します」 病室のドアがノックされて、青い海上保安官の制服を着た人たちが入ってきた。 彼らは今回の事故の報告書を作成するために来たという。 私が退院すると海保に連絡が入ったのだろうか。 救助された翌日には貴司さんは帰宅していた。 たまたま病院に来ていたので彼も一緒に事情聴取されることになった。 彼は一応私を迎えに来てくれたんだけど、この人と一緒に帰るつもりはなかった。 「伊藤さん、山下さんですね。お話し中失礼します。体調はいかがですか?」 「もう大丈夫です。ありがとうございます」 「特に問題なく大丈夫です。この度はご迷惑をおかけしました」 貴司さんがさわやかな笑顔で彼らに挨拶をした。外面だけは良い人だ。 顔はイケメンの彼だが、今回ばかりはその八方美人的な表情に苛立った。 それから、何故か二人一緒ではなく別々に当時の状況を聞かれることになった。彼らは救難士ではないそうだ。事情聴取や立ち入り検査などをする人たちだらしい。 後日フェリーまで行って、実況見分のような事をすると言われた。 最後に『今回の事故は目撃者も多く、私たちは救助の現場を全て映像に残しています。ですからご心配なく』と言われた。 彼らの言葉の意味を理解するのにしばらく時間を要した。 もしかしたら先程の会話を聞かれていたのかもしれないと思った。 「ありがとうございました。今回の救難事故の報告書を作成します。それではまたよろしくお願いします」 彼らはそう言って出て行った。 「貴司さん。今日はもう退院手続きをして私は家に帰ります。タクシーを使いますので後は大丈夫です」 「僕がせっかく迎えに来てやったのに、君ってやつは本当に我儘だな。さっきの言葉は聞かなかったことにしてやるから、明日までよく考えるように」 「付き合って半年、お互いに忙しくてほとんど会う暇はあまりありませんでした。私は婚約した覚えはありません。もう別れましょう」 「言っておくけど、僕は同族経営の大手企業にいる。そのうち取締役になる。君は玉の輿に乗れるんだから、軽々しく別れるなんて言うもんじゃない」 彼はかなり腹が立っているのだろう。顔が真っ赤になっている。 「君はすぐに後悔するだろう」 啖呵を切ると、荒々しく病室から出て行った。 私は長い息を吐いて目を閉じた。 思い返せば、私の男運は最悪だった。 学生の頃は勉強ばかりしていた。 偏差値の高い国立大学を目指していたから、部活もせず友人も少なかった。幼なじみの女友達が一人いたから、それで何とか学生時代は乗り切った。 彼女も勉強に青春を捧げていた。大学生になってから青春を謳歌しようと二人で誓って頑張った。 私は弁護士を目指していた。 理由は単純だ。できるだけ親もとに帰らないでいい方法を考えていたからだった。 とにかく実家から出たかった。できるだけ長い期間、地元に戻らなくてすむ方法を考えて法科を選んだ。 念願の大学に入り、それなりに学生生活を楽しんだ。けれど知り合う男性は全て薄っぺらく子供のようだと感じた。付き合ったとしても、誰とも長続きしなかった。 彼らにしてみたら、私は面白みがないらしくすぐに飽きるらしい存在だった。 そして浮気されたり、借金を申し込まれたりした。 大学の女友達からは、男を選ぶ才能がないと言われた。 たくさん恋もしたかったけど、数度の失敗から愛だの恋だのにはむいていないんだなと感じた。 ただ一人、高校時代に三日間一緒に過ごした同級生の男の子だけは私にとって思い入れがあった。 心の奥底に傷跡を残していった人でもあった。 彼の事を好きだったし、彼と付き合いたいと心から思っていた。けど彼には彼女がいた。それを忘れて私は彼と北海道で三日間を過ごしてしまった。 その後、やはり上手くいかずに私の短い恋は終わった。 落ち込んでも仕方がないので、人生楽しめるように前向きに生きて行こうとは思っている。 恋人がいなくてもそれは可能だ。 「男だけが人生じゃないわ」 そう呟くと紙袋に荷物を詰め、帰る準備を始めた。
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