現場検証

2/3
前へ
/16ページ
次へ
第A管区海上保安本部は新しく立派なビルだった。 たくさんの海上保安官たちがいた。 日本の海の安全と秩序を守る為に働いている人たちだ。 私たちを海で救助してくれた救難隊の方々に挨拶をした。 彼らはオレンジ服と呼ばれるシンボルの機動救難服を着ている。 かっこいいなと明里は思った。皆二十代くらいで若かった。 救助された時にはあまり彼らの事を見ていなかった。 ボディービルダーのような体つきの人ばかりではなく、想像していたより、細身だと思った。 「からだの具合はどうですか?」 「もう大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」 貴司さんが前に出て挨拶をした。 「それはよかったですね」 「彼女さんの勇気ある行動には感服しました。体にも異常がなかったようで、本当によかったですね」 「ご迷惑をおかけしました。助けて頂いてありがとうございました」 私も礼を言った。私が貴司さんの恋人だと報告が言っているのだろう。彼女さんと言われて少し苛立つ。 けれどわざわざ別れたことを説明する必要はないと思った。 ふとその中に見覚えのある顔を発見した。 「門脇……君?」 門脇君だった。 間違いない彼だ。 私が高校時代に恋をして、そして失恋した初恋の相手だった。 驚きのあまり、一歩後ずさった。 「機動救難士の門脇です」 「同じく川崎敦です」 ん?という表情を仲間からされたようだったが、門脇君は特に私の言動に触れなかった。 私だと気が付いてないのかもしれない。 十年も前のことだ。彼が忘れていても仕方がない。 ここで昔話する訳にもいかないだろうと、黙っている事にした。 握手を求められたので手を握った。 大きな門脇君の手だった。 懐かしい手だった。 本当に彼は私の事を忘れてしまったのだろうか? 「おりいってお願いがあるのですが」 一通り話をした後に、会議室で海上保安部長が姿勢を正す。 今回の救助の様子を動画で撮影していたらしく、その動画をSNSで公開してもいいかという相談だった。 海上保安庁は公式アカウントで、ホームページの新着情報を中心に情報を発信しているという。 そこに今回の救助の動画を流したいらしい。 もちろん顔にモザイクはかけますし、名前も出しませんと言われた。 海の事故に対する注意喚起と、自分たちの活動を国民に報告するためだと説明された。 「救命胴衣を着用していることの重要性、海の事故に対して注意を促すために有効だと考えます。これからレジャーシーズンに入りますので事故も増えます。是非とも公開させて頂きたい」 「その動画を確認する事はできますか?」 見ずに了承はできない。私は彼らに尋ねた。 貴司さんが横から口を挟んだ。 「私は別に、皆様に救助された身ですので、動画を出すなとは言いませんけどね。けれど、彼女は女性ですし、結構たくましい姿を世の中に晒すわけでしょう?女性なのに無茶して、自らが救助されたなんて恥ずかしいんじゃないでしょうか」 貴司さんの言葉に全員が驚いたようにポカンと口を開けた。 こいつはなにを言ってるんだという表情だ。 「いや……その、無茶な行動だったのかもしれませんが、勇気がある事です。しかもちゃんと救命胴衣を身に着け、何メートルも下の海へ飛び込んだんですから、表彰に値する、立派な行為です」 保安部長が貴司さんに告げた。 「私は通信士をしています古田と申します。動画内容は、特級隊が救助活動している様子が全てです。海保のこれからの活動の為の良い教材にもなります。是非公開させて頂けたらと願います。個人情報などは出しませんし、要救助者に対する問い合わせにも応じません」 「私はいいんですけどね、彼女は嫌じゃないかなと思いますよ。びしょ濡れだったでしょう?それにズボンも履いていなかったし」 この人は、なんてことをこの場で言うんだろう。 「できるだけ浮いて体力を温存しようと思いました。ズボンが海水を吸って重たかったので靴と一緒に海中で脱ぎました」 私はズボンを脱いだいきさつを説明した。 「大丈夫です。すぐに毛布で隠しましたしその辺は編集します」 「救助の現場では、衣服の着用はしていない人が多いです。水着の人もいますからね」 保安官は私を擁護してくれようとしている。 貴司さんはなんて最低な男なのだろう。救いようがない。 今度彼が溺れたら、間違いなく見捨てる事にする。 私は静かに貴司さんの言動にキレていた。 貴司さんが何か言う前に私は口を開いた。 「動画を使っていただいて構いません。なんなら、モザイク処理もいりません。どうぞ、ご自由に今後の活動にお役立てください」 私を甘く見るなよ貴司さん。人の揚げ足を取るのが私の職業だ。 「明里、君は何を……」 彼は急に許可を出した私に驚いていた。 「私は弁護士です。書面がありますよね?サインしますので持ってきていただけますか」 「え……と、映像を確認されてからでも」 流石に海保の人が助言する。 「二度手間でしょう?この人を呼ぶのにまた時間がかかりますし、山下さんが自分は構わないと言っているのですから問題ありません。今ここで、サインしますので」 弁護士がサインすると言ったのよ。 これ以上何の問題も発生しません。後から文句は言わないわよという何より強力な言葉だろう。 「用紙を持ってきます」 古田隊員が走っていった。 「明里、何を言ってるんだ。ネットになんて流されたらこっちが恥をかくだろう」 あなたが恥をかくだけでしょう。私は平気だわ。 「失礼します山下さん。私はあなたとお付き合いをしていませんので下の名前で呼ばないでください。男に二言はありませんよね?自分は動画を流しても構わないって言ったんですから」 「大丈夫ですよ山下さん。救難隊の活動が映っているような物ですから。海上保安庁の宣伝みたいな感じの映像なんで心配いりませんよ」 川崎隊員がニヤリと笑って山下さんの肩に手を置いた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加