はじまり 

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 はじまり 

機動救難士は潜水士や救急救命士などの資格を持ち、海難事故の現場にヘリコプターで迅速に駆けつけ救助活動を行う海上保安官だ。 第A管区海上保安本部、北海道航空基地には九人が配属されていた。 「べた凪ですね」 通信士の古田は海面の状態を確認し安堵する。 この日の海水温は、十六から二十度ほど。海上は風はなく波もほとんどなかった。 通報から約一時間後、海岸から沖合におよそ八キロ離れた海上で、要救助者を発見した。 「要救助者発見。二名確認。一人は男性、救命胴衣あり。もう一人は女性、救命胴衣なし、立ち泳ぎで漂流」 古田が双眼鏡で確認する。 救命胴衣を着用しているのは女性だと聞いていた。 通報の内容と違った。 海の事故では生きている人よりも、死体を引き上げる方がはるかに多い。 今回の要救助者は生きている。 機動救難士の門脇稜太(かどわきりょうた)川崎敦(かわさきあつし)は、ヘリコプターからおよそ二十メートル下の海面を確認する。 「まず、女性を先に救助する」 門脇がバディーの敦に大声で告げた。 「わかりました」 敦が手で合図を送った。 門脇は一番降下員としてロープを使い、ビル七階の高さから一気に降下する。 「降下!」 きれいに着水する。 ◇ 「俺から助けろ!病気だ俺は病気だから!!」 ライフジャケットを着用している男が叫ぶ。 普通、海上に一時間もいたら、こんなに騒げない。彼はパニック状態だ。 だがどう見ても、一時間近く立ち泳ぎで耐えていた女性の方が、体力の消耗は激しいだろう。 門脇は女性のほうに泳いでいった。 すぐに二番降下員の敦が来る。 ……着水。 「どこか怪我をされてますか?大丈夫ですか?」 敦が男性の状態を確認する。どこも怪我はしてなさそうだ。 敦は門脇に合図し頷いた。 「俺は無理だ!もう無理だから先に救助してくれ!」 男性は泣き出しそうだ。だが、声が出るのは元気な証拠だ。 門脇は女性にエバックハーネスを取り付けた。 ヘリのプロペラの音がうるさいので彼女に大声で話しかけた。 「ライフジャケットを装着しました。私が一緒にいますので、もう少し頑張りましょう」 彼女はかなり体力を消耗しているが、意識はしっかりしていそうだ。 男の方が錯乱状態だった。 「はい……彼、から先に。さっさと上げて。うるさいから」 ちゃんと返事をしているから、彼女は大丈夫だろう。 「男性を先に!」 門脇は指示を出した。 浮力を手に入れて、彼女は安心したようだ。 「まだしっかりして下さい。彼を先にヘリに乗せます。次は貴方の番ですから、頑張って下さい」 気を抜かないように、彼女に声をかけた。 「早く!早く俺をヘリに上げろ」 要救助者の男がうるさい。 敦が男性に言い聞かせながら、エバックハーネスを装着する。 「大声で叫んだり暴れたりしたら、危険ですから、静かにじっとしておいてくださいね。落ちたくなければじっとしろ!」 敦がキレた。 まずいな、三分で上げる。 彼がヘリに乗るのを見とどけてから彼女のそばに戻った。 男性がロープで吊り上げられた。 ヘリコプターから吹き下ろしてくる風が強い。男性はクルクル回りながら上がっていった。 普通は要救助者が回ってしまったらダメだ。わざと回してんじゃないか?敦…… 門脇はすぐに彼女の方へ戻った。 「ズボン脱いだんです」 彼女が何か言っている。 「え!なんですか!」 門脇はヘルメットを被っている。聞こえづらい。 「ズボンをはいてないの!」 ああ…… 「大丈夫ですよ。皆さん履いてません」 意味が分からんだろうが、とにかく気にしないように伝える。 服が邪魔になって脱いだんだろう。 パンツも脱いでるのか? 「ヘリに毛布がありますので大丈夫です」 若い女性だから恥ずかしいだろうが、今はそんな事を気にしている場合ではない。 門脇はそれとなく水中に視線を向けた。 確かに脱いでるな……
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