屈折

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その光の屈折は、希望の象徴だ。 でも、僕の心は壊れているから、 その希望すら、受け入れられない。 屈折 昨日から降る雨は、ばたばたと窓を叩く。 その音を聞きたくなくて、ワセはイヤホンを装着していた。 好きな音楽を爆音で聴いていても、雨への不安は拭えない。 寝ようと思っても眠気は来なかった。 ただ、理由の無い恐怖の中で、怯えて過ごす。 永遠にも感じる時間の中で、ガリィの体温だけでなんとか正気を保っていた。 その温もりも、脳が作り出した幻覚だが。 大丈夫 止まない雨は無いよ ガリィは、脳の中でそう慰めてくれた。 どうして、雨は降るのだろう。 ベタつく湿気も、冷たい雫も、煩わしいだけなのに。 それが自然の摂理であり恵みなのはわかっている。 わかっているけれども、それでも、そう問うてしまう。 大丈夫だよ ガリィは優しい声で繰り返した。 聴いていた音楽が、急に聴こえなくなる。 寝落ちしたのに気付いたのは、雨音が無くなっていたからだった。 違和感に目を開ける。 付けっぱなしだったイヤホンを外せば、雀の囀りしか聴こえなかった。 カーテンの隙間から入る光に、いつの間にか朝になっていた事を知る。 上半身を起こし、カーテンを捲った。 日の光に、柑橘色の眼を細める。 そして、青を見た。 昨晩の雨が止めば、空は晴れる。 ワセはその青空を、瞬きをせず見つめた。 圧倒的な青に、寝巻きの胸元を掴む。 青空に掛かる虹を見て、不安にかられた。 その光の屈折は、綺麗な七色を描いている。 その七色の橋は、希望の光だった。 でも、僕にとっては、 肺に空気が入らない。細かい呼吸は、だんだん速くなる。 ひゅ、ひゅ、という音が、狭い部屋に小さく響いた。 ワセは耐えられなくなり、カーテンを閉めてベッドに蹲る。 混乱する頭でも、過呼吸の対処法は思い出せた。 ガリィが背中を抱いてくれる感覚。 大丈夫だよ、と宥める声。 その妄想で、なんとか持ち直した。 ああ、また僕は、 世界に、対応出来ない。 何故虹が怖いかは、わからなかった。 ただ、見ると色んな考えが頭を巡り、パニックになる。 希望は、自分には程遠い言葉で。 その事を強く感じてしまう。 明るい世間に置いていかれる。 他の人間は歩いていけるのに、自分は足を止めてしまった。 それを、思い出してしまって。 大丈夫だよ そのガリィの言葉だけが、屈折した僕と現実を繋いでくれていた。 ああ、今日も止めた足で生きなければならない。 雨が上がった世界は、足を止めた者に優しくはなかった。
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