10. 狩猟大会2

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10. 狩猟大会2

「陛下、どこへ向かっているんですか?」 「…………」 「陛下!」  ルイーゼの手を握ったまま、不機嫌な様子でどんどん森の奥へと進んでいくクラウスをルイーゼが腕を引いて呼び止めた。 「……ああ、すまない」  クラウスが我に返ったように瞬きをして立ち止まった。 「どこか目的地があるんですか?」 「ああ、国王が狩りをする場所は決まっているんだ。ちょうどすぐそこだ」  クラウスが指差した先にある少し開けた場所には、王家の旗が掲げられており、そこが特別な区域であることが示されていた。 「この周辺は王族とその関係者しか立ち入ることができない」 「そうなんですね。ちなみに、この辺はどんな動物がいるんですか?」 「兎や鹿や鳥だな。まれに猪が出ることもあるが」 「へぇ〜。でも動物を狩るのってかなり難しいんじゃないですか? 気づかれたら逃げられてしまうし……」 「まあな。だが慣れれば大したことはない。相手に気づかれないよう気配を消すのが重要だ」 「なるほど! すごいですね!」  ルイーゼから尊敬の眼差しで見つめられたクラウスは、気まずそうに目を逸らしながら侍従を呼び出した。 「弓を持ってこい」 「かしこまりました」  侍従がすぐに戻ってきてクラウスに弓と矢筒を差し出す。 「これが弓……」 「持ってみるか?」 「いいんですか? では……!」  クラウスが差し出した弓を両手でしっかりと受け取る。  日本の弓道の弓と比べると小型だが、手に持つとずっしりとのし掛かってくるようで、想像していたより重量がある。少し艶のある硬い木で作られており、波の形のような滑らかな曲線が美しい。 「こんなに重い弓を構えて獲物に命中させられるなんて、本当にすごいですね!」 「……そうか?」 「陛下、試しにあの遠くに一本立っている木に矢を当ててみてもらえませんか? どんな感じなのか実際に見てみたくて。難しいですか?」 「動かない的など簡単すぎるな。見てろ」  クラウスはそう言うとルイーゼから弓を受け取り、矢を番えた。  真剣な表情で真っ直ぐに的を見据える。  ルイーゼが息をひそめて見守る中、ヒュンッ、と空気を切り裂くような音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には的である遠くの木にクラウスの放った矢が深々と刺さっていた。  クラウスが背中越しにルイーゼを見遣る。 「どうだ?」 「かっ……」 「か?」  クラウスが眉を顰めると、ルイーゼは両手を組み、瞳を輝かせながらクラウスを見つめた。 「格好いい……! 陛下、すごいですね! ど真ん中に命中です!」  初めて見るアーチェリーの実技にすっかり興奮してしまったルイーゼが、頬を紅潮させながらクラウスを賞賛する。 「ま、まあ、これくらい出来て当然だ」  心なしか両耳を紅く染めながらクラウスが返事をすると、ルイーゼがほぅ、と溜め息をついて呟いた。 「いいなぁ、私もやってみたい……」  いつのまにかすぐ隣に来ていたクラウスに向かって、ねだるように見上げれば、クラウスはなぜか後ろを向いて返事した。 「俺が……教えてやってもいいが」 「本当ですか! ぜひお願いします」  意外にも指導を引き受けてくれるというクラウスに、ルイーゼは感謝の気持ちでいっぱいになる。  思い返せば、前世の元彼からは「お前は趣味が多過ぎる。趣味と俺のどっちが大切なんだ!」などとキレられたことがあった。多趣味なのは最初から分かっていたはずなのに。  趣味も元彼も大事だったから、一緒にやろうと誘っても断られてばかりだった。挙げ句の果てに、元彼を気遣って趣味の時間を減らしたのに「なんか最近オレたち、マンネリだよなぁ」なんて言われて、そのまま浮気に走られてしまった。  そう考えると、釣りに乗馬にアーチェリーに、なんだかんだ付き合ってくれるクラウスは、実はとてもいい人のように思える。  ついつい原作での印象に引きずられてしまうところがあったが、今は二股を掛けられているわけでもないし、もう少し現実のクラウスをちゃんと見てみてもいいかもしれない。そのうちお別れすることになるだろうけれど、もしかしたらいい友人になれる可能性もある。  そう思ってクラウスの背中を追いかけようとしたその時。視界の端で何かが光るのが見えた。 「……っ陛下! 危ない!」  ルイーゼはクラウスを背中から抱きかかえて地面に押し倒した。間一髪、矢のようなものが頭上を掠めていく。 「──今のは……矢か?」 「……そのようですね」 「あなたのおかげで助かった」 「ご無事で何よりです」  先に立ち上がったルイーゼが差し出した手を、クラウスが握ったその瞬間。また異様な殺気が発せられるのを感じ、クラウスは咄嗟にルイーゼを引き寄せた。  ルイーゼがクラウスの腕の中に収まるのと同時に、第二の矢が鋭い風切音を立ててルイーゼのいた場所を通り過ぎていく。 「ま、また矢が……?」  顔を青褪めさせるルイーゼを抱きしめながら、クラウスが命令した。 「今回の狩猟大会は中止とする! 騎士団長、暗殺者が潜んでいる。南の方角だ、探し出せ」 「はっ!」 (──二本目の矢は明らかにルイーゼを狙っていた。おそらく最初の矢もそうだったのだろう。一体誰が……)  無言で固く両手を握りしめるルイーゼを腕の中に囲いながら、クラウスは矢の飛んできた方向を睨みつける。  死に戻る前も正妃に向かって矢が飛んできたが、あれはルイーゼの仕業だったはずだ。では、今の矢は何者が放ったのか。 (危うく、ルイーゼが犠牲になるところだった──)  クラウスが静かに息を吐いて湧き上がる怒りを押し殺す。  本来なら、ここでルイーゼが矢で射抜かれても笑いこそすれ、これほどの怒りを覚えることはなかったはずだった。死に戻ったばかりの、ルイーゼへの復讐のことしか考えていなかった自分のままであったなら。 (俺は、どうしてしまったんだろうな……)  あれだけ自分を殺した女に復讐をと意気込んでいた自分が、今はその復讐相手を脅威から守ろうとしている。 (復讐は自分の手で遂げたいから? ──いや、違うな)  ずっと見ないふりをして誤魔化していたが、もう認めなければならないだろう。ルイーゼへ向けるこの感情が何なのかを。  クラウスは小さく頭を振ると、ルイーゼを抱きしめる腕に力を込めた。
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