11. 舞踏会1

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11. 舞踏会1

 ルイーゼは馬車の中で愕然としていた。 (本当に矢が飛んでくるなんて……)  原作ではルイーゼの企みによってアンネリエに矢が放たれるという筋書きだった。今はアンネリエはいないというのに、なぜ矢が射られたのだろうか。 (国王であるクラウスの暗殺? それとも、まさか私が狙われている……?)  そんなこと考えたくもないが、可能性としては排除できない。  命を狙われるということが、これほど恐怖だとは思わなかった。あの矢が刺さっていたら、一体今ごろどうなっていたのだろうか。想像するだけで血の気が引く。 (原作のクラウスとアンネリエも、ルイーゼに命を狙われて、きっと怖かっただろうな)  原作小説で二人がルイーゼから酷い目に遭わされるのを面白がって読んでいたことが申し訳なく思えてくる。 (クラウスは大丈夫かな?)  クラウスも先程矢で射られかけたばかりだ。不安になってはいないだろうかと、隣に座る彼を見上げると、クラウスは気遣わしげにルイーゼを見つめた。 「大丈夫か? ……震えているな」  ルイーゼの体が微かに震えているのに気がつくと、クラウスはマントを脱いでルイーゼの肩に掛けてくれた。 「今日からあなたの護衛も増やす。だから心配するな。犯人も……必ず見つけ出す」  強い口調と眼差しでそう言い切るクラウスを見ていると、なぜかもう安心できるような気がした。 (クラウスって、原作でもこんなに頼りになる人だったっけ?)  原作では、もっと淡々とした風でこんな力強さはなかった印象だ。どうして同じクラウスなのに、小説とこんなにも違うのだろうか。小説と一緒だったら、きっとこんな風に縋りつきたい気持ちになることなんてなかったのに。  前世でも経験したことのない気持ちに、ルイーゼは少しだけ戸惑ったが、これはきっと無視してはいけない感情なのだろうと思った。 (マント、温かいな……)  ルイーゼは、クラウスが掛けてくれたマントを両手でキュッと握りしめた。 ◇◇◇  狩猟大会から二週間が過ぎたが、暗殺未遂の犯人は依然として見つかっていなかった。 「まだ見つからないのか」 「申し訳ございません。くまなく探したのですが、全く痕跡が見当たらず……。恐らく、周到に準備していたのだと思われます。貴族派の家門が怪しいのではと睨んでおりますが証拠もなく……」  苛立たしげなクラウスに詰められ、騎士団長が頭を下げながら説明する。 「犯人が見つからないのでは、十日後の舞踏会も中止にせざるを得ないな」 「……舞踏会、中止にしてしまうんですか?」  騎士団長の報告を一緒に聞いていたルイーゼが眉を下げてクラウスに尋ねる。 「また何かあっては困るからな。……参加したかったのか?」 「あの、少しだけ……。ほんの少しだけ参加したかったなぁと思いまして……。きっと楽しいんだろうなぁって……」  もちろん、前世の記憶を思い出す前に別の舞踏会に出席したことはあった。けれど、今回の舞踏会は、小説の中でルイーゼが大勢の招待客の前でアンネリエが正妃、自分が側妃として扱われるのが許せなくて早々にボイコットしてしまい、ほとんど描写されていなかったので、どんなイベントなのかとても気になるのだ。  それに今までの経験上、小説で事件が起こらなかったということは、実際の舞踏会でも何も起きない可能性が高い。 (クラウスと一緒にダンスをしてみたかったな)  実はこれまでルイーゼがクラウスとダンスをしたことはない。だから今回の舞踏会で一緒に踊ってみたかった。自分がどれだけ自由に踊っても、クラウスなら動じることなく完璧にリードしてくれる気がする。  そんな風に考えて、いつのまにかクラウスへの信頼がずいぶんと大きくなっていることに気づいたルイーゼは、思わず顔を赤らめた。  クラウスはそんなルイーゼを無言で見つめると、小さな声で呟いた。 「……やるか」 「え?」 「あなたがそんなに楽しみにしていたとは思わなかった。せっかくだから、やはり舞踏会を開こう」 「で、でも、いいんですか?」 「規模を縮小すればリスクは抑えられる。それに、屋外ではなく王城の中なら警備もしやすい」 「陛下、ありがとうございます……!」 「騎士団長、あとで舞踏会の警備について話そう」 「はっ、承知しました」  その後、クラウスと騎士団の面々で話し合いが行われ、今回の舞踏会は規模を縮小して上位貴族のみを招待し、その内、貴族派の人間には一人一人に監視をつけることに決まった。 「あなたは何も心配せず、舞踏会を楽しむといい」 「ありがとうございます。陛下とのダンス、楽しみにしていますね!」 「なっ……そ、そうか。俺も、楽しみにしている」  まさか自分とのダンスを楽しみにしていたのだとは露ほども思っていなかったクラウスは、一瞬だけ動揺を見せたあと、目を逸らしながらぎこちなく返事をした。 ◇◇◇  そしてあっという間に舞踏会当日。  ルイーゼは朝から侍女総出でみっちりと磨き上げられ、肌はすべすべ艶々、髪は輝く絹糸のよう、化粧もドレスもアクセサリーもセンスがよく、どこからどう見ても美しく完璧な王妃に仕上がっていた。侍女のハンナも頬に手を添え、うっとりとルイーゼを見つめている。 「ルイーゼ様、本当に素敵ですわ」 「ありがとう。……でも、こんなに爽やかな格好で変だと思われないかしら」  小説ではバッチリ悪女として描かれていた自分が、こんなに清潔感あふれる爽やかな装いで、違和感があるのではないかと心配になる。 「まあ、ルイーゼ様のイメージにぴったりですわ! きっと陛下もお喜びになりますよ」 「そ、そう……?」  クラウスは今日のルイーゼの姿を見て、どんな反応を返してくれるだろうか。 (褒めてくれたら嬉しいな)  そんなことを考えていると、ちょうど舞踏会のホールへと向かう時間になり、クラウスがルイーゼを迎えにやって来た。 「支度は済んだか──」  美しく着飾ったルイーゼを目の前にしたクラウスは、言葉を失ったままその場に立ち尽くした。その目は驚いたような、何かを求めるかのような、複雑な色に揺れている。 「あの、陛下?」  ルイーゼの呼びかけでやっと我に返ったクラウスが、ルイーゼに歩み寄ってその手を取る。  正装に身を包んだクラウスは威厳と精悍さが感じられて、ルイーゼの目に眩しく写った。 「とてもよく似合っている。……綺麗だ」 「あ、ありがとうございます……。陛下もその、とても格好いいです……」 「そ、そうか……」  お互いに顔を赤らめながら、ぼそぼそと会話する国王夫妻を侍女たちが温かな笑顔で見守る。 「……では、行くか」 「は、はい、行きましょう!」  なぜか先ほどから早鐘を打つ心臓を必死になだめながら、ルイーゼはクラウスにエスコートされてホールへと向かうのだった。
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