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12. 舞踏会2
ホールの二階の扉が開かれ、深紅の天鵞絨が敷かれた階段をルイーゼはクラウスと一緒に一歩ずつ降りる。クラウスが招待客に挨拶を述べると、ホールに優雅な音楽が流れ始めた。ダンスの始まりの合図だ。
「一緒に踊ってくれるか?」
「もちろん、喜んで」
お互いに手をつなぎ、向かい合わせになる。クラウスの端正な顔がすぐ近くにあり、ルイーゼはそわそわと落ち着かない気持ちになった。こんな調子できちんと踊れるのだろうかと不安になったが、体が覚えていたのと、クラウスのリードが巧みなおかげで思いのほか軽やかに動くことができた。
「陛下はダンスがお上手ですね」
少し余裕が出てきたルイーゼが話しかけると、クラウスもわずかに口角を上げて返事をかえした。
「幼い頃から嫌というほど練習させられたからな。……あなたも上手だ。以前よりも呼吸が合う気がする」
「え? 以前ですか? 陛下と踊るのはこれが初めてだったような……」
ルイーゼが首を傾げると、クラウスがゴホゴホと咳き込んだ。
「あ、ああ、そうだったな。勘違いしたようだ……」
「やっぱりそうですよね。でも、たしかに陛下とは踊りやすいです。安心感があるというか」
これまでのダンス相手の誰よりも、体を寄せ、一緒に音楽に乗る感覚がしっくりくると思った。それは自分がクラウスに心を許し始めたからなのか。もしかして、クラウスも自分のことを──。
(……だめだわ。変に意識してステップを間違えちゃいそう……!)
二人で密着して踊るというシチュエーションのせいか、気を抜くと恋する乙女のような妄想が溢れ出してしまう。
おかしな雑念は捨て、今はただダンスを楽しもう。ルイーゼはそう決意した。
「……陛下、思いきり踊っても大丈夫ですか?」
ルイーゼが上目遣いでそう聞くと、クラウスは包み込むような穏やかな笑みを浮かべた。
「もちろん。何があっても完璧にリードするから、あなたの好きに踊るといい」
それからルイーゼとクラウスは、ホール中の誰もが目を奪われるような、優雅で艶やかで、それでいて大胆なダンスを披露した。あちこちから賞賛や感嘆の声が漏れていたが、二人の耳には入っていないようだった。
ルイーゼはどんなに自由に踊っても、約束どおりクラウスが完璧に支えてくれるので、人生で一番楽しいダンスの時間に夢中だった。
クラウスも、屈託のない笑顔を浮かべて生き生きと楽しそうに踊るルイーゼを柔らかな面持ちで見つめていた。
やがて一曲目の演奏が終わると、ホールに温かな拍手が沸き起こった。ダンスの素晴らしさを讃える声はもちろん、「お似合いのお二人だわ」「美男美女で憧れちゃう」「とても仲睦まじいのね」など、二人の中を羨むような声も聞こえてきて、ルイーゼは恥ずかしさに居た堪れなくなった。
「あの、陛下、次の曲はあちらの席で見学しませんか?」
「構わないが……踊らなくていいのか?」
「はい、少し汗もかいてしまいましたし……」
「なら、少し休むか」
クラウスにエスコートされ、王族用の豪奢な椅子に腰掛ける。すると、ちょうど騎士団長がやって来て、クラウスに小声で何かを耳打ちした。
「分かった、すぐに聞こう。……すまない、少し席を外す。狩猟大会の件で何か分かったようだ」
クラウスがすまなそうにルイーゼに断りを入れる。
「私は大丈夫ですから行ってきてください。護衛騎士も大勢いますし」
「……なるべくすぐに戻る」
足早にホールを出ていくクラウスを見送ると、ルイーゼはホールをゆっくりと見渡した。
舞踏会はルイーゼが想像していたよりもずっと煌びやかで素敵だった。これでもだいぶ規模を縮小したというのだから、本来の予定通りだったらどれほど華やかだっただろうか。
(舞踏会を開けてよかった。クラウスが戻ってきたら、また一緒に踊りたいな)
先ほどの楽しいひと時を思い出してくすりと微笑むと、一人の近衛騎士がルイーゼの元へとやって来た。
「王妃殿下、至急ご確認いただきたいことがあると、陛下がお呼びです」
「陛下が? 場所は?」
「私がご案内いたしますので、ご一緒にお願いいたします」
「分かったわ」
もしかすると、狩猟大会の事件のことで何か分かったのかもしれない。ルイーゼは急いで立ち上がり、案内の騎士に連れられてホールを後にした。
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