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2. 婚約破棄をお願いします
いよいよ今日は、ルイーゼが前世の記憶を取り戻してから初めてのクラウスとのお茶会だ。
ルイーゼは王城へ向かう馬車の中で、先日、父親に婚約破棄について相談したときのことを思い出していた。
『お父様……。私、クラウス殿下との婚約を破棄したいのです』
『ルイーゼ、どうして……。あんなに殿下のことを慕っていたのに……』
『私なんかが王太子妃なんて、とても務まりません……。そのことを考えるだけで目眩と胸の動悸と息切れと頭痛と腰痛が……。領地でのんびり暮らしたい……』
『あんなに気の強かったルイーゼが、可哀想に……マリッジブルーというやつかな。分かった、ルイーゼの好きにするといい』
最初は案の定、驚かれたが、目に涙を浮かべながら切なげに訴えたら、あっさり許してもらえたのだ。
(お父様が私に甘くて助かったわ。あとはクラウス殿下に婚約破棄を申し入れて承諾してもらえば一安心ね!)
例の小説では、ルイーゼの心の内が綴られるばかりで、クラウスとアンネリエの心情はよく分からなかったが、クラウスがルイーゼを好ましいと思っているようなセリフも描写もなかったはずだ。
心身消耗を理由にしてお願いすれば、紳士なクラウスはきっと婚約破棄に応じてくれるだろう。
今日はなるべく具合が悪そうに見えるよう、化粧は頬紅はつけず、口紅もごく薄めに塗って、儚げ美女を演出してみた。今までは割ときつめのメイクだったから、かなりのギャップが出ているはずだ。これでますます哀れんでもらえるだろう。
やがて馬車が王城に到着すると、ルイーゼは王城の侍女に案内されて、王族のプライベートな庭園へと通された。
いつ訪れても色鮮やかな花々でいっぱいの美しい庭園だ。
侍女に促されて白薔薇のアーチをくぐると、お茶会用に用意された素敵なテーブルセットの横で、王太子であるクラウスがルイーゼを出迎えてくれた。
漆黒の髪に、深い海のような藍色の瞳を持つ長身の美形。小説での描写どおりの外見だ。
「ルイーゼ嬢、久しぶりに会えて嬉しいよ」
「クラウス殿下、ご無沙汰しております。お忙しい中、こうして時間を取ってくださって感謝いたします」
「……とんでもない。本当に、ルイーゼ嬢に会えるのを心待ちにしていたからな」
「まあ、お上手ですわね」
いくら紳士なクラウスと言えど、ルイーゼの訪問をここまで喜ぶのは珍しい。
一体どういう風の吹き回しだろうかと思いながら、ルイーゼが儚げな微笑みを返すと、クラウスが椅子を引いてくれた。
「今日はルイーゼ嬢が好みそうな紅茶を用意した。気に入ってもらえるといいのだが」
「まあ、お気遣いをありがとうございます。楽しみですわ」
言っているそばからすぐに淹れ立ての紅茶が運ばれてきた。さすが王城の侍女はレベルが高い。
ルイーゼは侍女にお礼を言い、優雅な仕草でティーカップを口に運ぶ。香り高く濃厚な味わいで、以前だったら好んだ風味の紅茶だ。ただ、前世を思い出してから、いろいろと嗜好が変わってしまったルイーゼは、独特の香りに少しだけ眉を顰めてしまった。
「……どうした? 気に入らなかったか?」
「い、いえ、最近しばらく体調が思わしくなくて……」
うっかり不味そうな顔をしたのを、目ざといクラウスに見つかってしまったが、なんとか誤魔化す。ついでにこのまま婚約破棄の話につなげようと、ルイーゼはさらに続けた。
「実は、本日はクラウス殿下にお話したいことがありますの」
「……俺に話?」
一瞬クラウスがものすごく鋭い目つきになった気がするが、ただの気のせいだと思うことにする。ここで怖気付いていてはバッドエンドを改変できない。
ルイーゼは努めてしおらしい態度で切り出した。
「私、クラウス殿下に婚約破棄をしていただこうと思いまして」
「……婚約破棄?」
「はい、クラウス殿下のことは尊敬しておりますが、王太子妃は私には荷が重いかと……。最近はそのことで思い悩んで体調が優れず……。婚約を破棄していただいたら、領地にこもって療養しようと思いますわ」
ここでもう一度、儚げな微笑みを浮かべる。
内心では、婚約破棄してもらったら、領地でのんびりした暮らしを楽しもう。犬とか猫とかアルパカとか、好きな動物を飼ってぬくぬくモフモフして過ごそう。と、夢のスローライフ計画を思い描くが、決して表情には出さない。
瞬きを我慢して潤ませた瞳で、じっとクラウスを見つめる。
クラウスはさすがに驚いたのか、眉を寄せたまましばらく固まっていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……ルイーゼ嬢。婚約は破棄……」
「はい……!」
ルイーゼは期待を込めて頷き返したが、クラウスの口から発せられたのは、思っていたのとは違う言葉だった。
「──しない」
「……はい?」
「婚約は破棄しない」
「え、でも……」
「今まで配慮が足りなくてすまなかった。国一番の医師をあなたに付けさせるから、王都の屋敷でしっかり養生してほしい。今日ももう帰って休んだほうがいい」
クラウスがそう言ってルイーゼの手を取って立ち上がらせる。
「馬車まで騎士に送らせよう。では、ゆっくり休んでくれ」
「あ、あの、婚約破棄は……?」
「婚約破棄は何があろうと絶対にしない。……ではまた」
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