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4. 若き国王の決意
父王の突然の崩御により新たな国王となったクラウス・ジークヴァルトは、深夜にひとりワインを開けて祝杯をあげた。
先代王が亡くなったばかりで不謹慎であるのは承知の上だが、そうせずにはいられなかったのだ。
それに、先代王のことは一度目のときに十分礼を尽くして弔ったから、今回は少し手を抜いてもいいだろう。
「……ついに舞台が整った」
あの侯爵令嬢ルイーゼ・フレンツェルを正妃として迎えることを、どれだけ待ち侘びていたことか。早く王城に住まわせ、いつでも会えるようにしたかった。
ただ、これはあの令嬢を恋い慕っているからではない。そんなことは天地がひっくり返ってもありえない。
では、何故か。
クラウスがルイーゼ・フレンツェルを正妃に迎えた理由──それは、復讐のためだった。
「まさか、もう一度やり直す機会が与えられるとは……」
ある日、ベッドの上で目覚めたときは驚いた。なぜなら、自分は側妃であるルイーゼ・フレンツェルに無残にも殺されてしまったはずなのだから。
はじめは運良く生き残ったのかと思ったが、腹に手を当ててみても、そこにあるはずの傷跡がない。まさか傷跡がすっかり消えてしまうくらい長いあいだ眠っていたのだろうか。
まずは状況を確認しようと枕元のベルを鳴らそうとしたとき、違和感に気がついた。
よくよく辺りを見回せば、いつもの国王の寝所ではなく、王太子時代の部屋にいるではないか。なぜこの部屋に寝かされていたのか訝しく思っていると、やがて部屋の扉をノックする音が響き、侍従の声が聞こえてきた。
『王太子殿下、お目覚めでいらっしゃいますか』
それから現在の日にちや最近の出来事を徹底的に確認し、クラウスは確信した。
自分はルイーゼに殺された後、過去へと遡ってきたのだと。
戻ってきたのは、まだ父王が存命で、ルイーゼとは婚約の関係、隣国のアンネリエ王女とは何のつながりもない時期。クラウスは、ここから新たにやり直すことを決意した。
まず、ルイーゼとの婚約はそのまま維持し、正妃に迎える。隣国のアンネリエ王女とは婚姻しない。国王の立場としては、アンネリエを正妃とするのが正解なのだろうが、この人生では国王として正しく生きるつもりはない。
とにかく自分に馬鹿な嫌がらせを繰り返して最後には命を奪ったルイーゼへの復讐のために生きるのだ。そのためには最も近しい立場となる正妃の位を与えるのが一番いい。
前回の人生と同様、父王が急な心臓発作で亡くなったのを機に、クラウスはルイーゼを正妃に迎えた。
隣国からアンネリエ王女を娶らないかという打診もあったが、そちらはあっさりと断った。
隣国と縁を結ばなかったことで、後々支障が出るかもしれないが、国などどうにでもなればいい。和平や同盟のためにあれこれ気をつかう時間も勿体ない。
それに、前回の人生ではアンネリエもルイーゼに殺されたのだから、我が王家になど関わらないのがアンネリエのためだろう。
「彼女が王城に来るのが待ち遠しいな」
どうやって復讐してやろうかと、ずっと考えていた。
すぐにあの世に送るのではつまらないから、しばらくはルイーゼにされた愚かな嫌がらせをそっくりそのままやり返して嗤ってやろうと決めた。
彼女はどんな反応を見せてくれるだろう?
ヒステリックに騒いで周囲に当たり散らすだろうか。
それとも、悲劇のヒロインのように嘆いて部屋に閉じこもるだろうか。
ルイーゼの反応を想像したクラウスは、しかしどちらもしっくりこないような気がして眉を寄せた。
「ルイーゼ……。この違和感はなんだ……?」
過去に遡ってから初めてルイーゼに会ったとき。あの時点ですでに妙な違和感を覚えていた。
普段よりだいぶ薄い化粧に、やたらと体調の悪さを強調するような態度。
自分の記憶にあるルイーゼはもっと化粧が濃く、たとえ具合が優れなくても、それを表には出さないような気の強い女だったはずだ。それが、まるで一気に人が変わったかのような不自然さがあった。
そして何よりおかしかったのが、婚約破棄を申し込んできたことだ。それも何度も。
自分で言うのは自信過剰なようだが、これくらいの頃のルイーゼは自分に恋心を抱いていたはずだ。それがなぜ婚約破棄など申し出るのか、理由が分からない。
体調が悪いというのも信じがたく、医者に彼女を診させれば、やはり体調に何も問題はなかった。
まさか……と、一つの可能性が頭をよぎる。
「ルイーゼも過去に遡っている……?」
実は彼女もあれから自分と同じように過去へと遡ったのではないだろうか。あり得ない話ではない。
そして人殺しとなってしまったことを反省し、今度は別の道を歩もうとしている……?
または、次は別の方法で自分とアンネリエ王女に何かを仕掛けようと企んでいる……?
もしかすると、その可能性はあるかもしれない。やたらとアンネリエを正妃に迎えるよう言っていたし、自分は領地に引きこもると言っておいてこちらを油断させる作戦だったことも考えられる。
もしそうだとしたら、やや強引ではあったが、やはりルイーゼを正妃とし、アンネリエとの婚姻を結ばなかったのは正しい選択だったかもしれない。
「……いずれにせよ、彼女のことは注意深く観察したほうがよさそうだな」
クラウスがグラスをくるりと回すと、年代物のワインの芳醇な香りがふわりと立ち上った。
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