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6. 二人の思惑
今日の「湖で魚釣り」作戦は大成功だったなと、自室のベッドに寝転がりながらルイーゼは考えた。
クラウスから湖に誘われ、単に綺麗な湖で久しぶりの釣りを楽しみたかったというのもあるが、目的はそれだけではなかった。
クラウスに、今のルイーゼのありのままを見せること。
それが一番の狙いだった。
(病弱演出は、陛下に手配されたお医者様のせいで、本当は健康だってバレちゃったからな……)
たしかにクラウスが国一番と言っていたとおり、かなりの名医で、ルイーゼが必死に儚げな令嬢を装っていたのをいとも簡単に見破られてしまった。
ルイーゼが完全に健康である根拠を、理論立てて淡々と説明されたときの気まずさといったらなかった。
そういう誤算があり、ルイーゼは方針を変更することにしたのだ。
(あれだけ奔放に振る舞えば、合理的なクラウスなら私が王妃に相応しくないと判断して、手放してくれるかもしれない)
前世の趣味を全開にして、ルアーを手作りし、クラウスを釣りに付き合わせ、素手で魚を掴み、綺麗に捌いて塩焼きにした。
王妃にあるまじきワイルドさ、そしてスローライフへの適性を存分に見せつけられたと思う。
クラウスの様子をうかがうと、しょっちゅう険しい顔やら悩ましげな顔をしていたので、きっとルイーゼを王妃に迎えたことを後悔しつつ、今後について考えていたのではないだろうか。
「この調子でどんどん素の私を出していけば、きっとそのうち自由にしてもらえるはず……!」
ルイーゼはにんまりと頬を緩めながら、次なる作戦を練り始めるのだった。
◇◇◇
湖でのボート遊びの後、王城へと戻ってきたクラウスは自身の執務室にひとり篭って物思いに耽っていた。
「──考えることが多すぎる……」
まず、元々クラウスがルイーゼを湖に連れて行ったのには理由があった。それは、前世で湖に落とされた意趣返しをすること。桟橋の床板を踏み抜いて湖に落ちたルイーゼをのんびり助け、心配する振りをしながら内心でせせら笑ってやろうと思っていた。
しかし、なぜかルイーゼは床板に仕掛けた細工を見破った。偶然などではなく、明らかに床板を怪しんで何か仕掛けがないか警戒していた。
自分が細工したことがバレたかと焦ったが、彼女はそこには思い至らなかったようで、腐っていたのだろうと結論づけた。鋭いのだか鈍いのだか分からない。
だが、見て見ぬふりをしたのかもしれない。
床板が壊れたのを故意だと考えず、自然な劣化だとすることで自分が前回の記憶を持っていることを隠そうとしたのかもしれない。あのときはそんな風にも思えた。
しかし、そんな考えはすぐに打ち消す羽目になった。
一番の目的だったルイーゼを罠にはめる目論見が不意になったことで興醒めし、ボートに乗るのは止めにしようとしたとき、ルイーゼはそれを拒否したのだ。そして、ボートに何かの荷物を運び出した。
「まさか、あそこで釣りを始めるとは……」
信じられなかった。貴族の令嬢が、あのルイーゼが釣り? しかも疑似餌なる釣り道具を手作りした?
疑似餌の使い方をどこか自慢げに説明し始めたかと思えば、釣りを始めた途端、無言で魚と向き合う。
魚が食いついたと見れば、急に目の色を変えて勝負師の顔になる。
無事に魚が釣れれば、ためらうことなく素手で魚を掴んで掲げ、それを皆に振る舞おうとする。
訳がわからないまま岸に引き返したが、そこからまた我が目を疑う展開が待っていた。
石やら木の枝やらを自ら集めて火を起こすルイーゼ。
勝手に持ち込んでいたまな板と包丁を取り出し、釣った魚を捌き出すルイーゼ。
捌いた魚を串に刺し、起こした火で塩焼きにするルイーゼ。
焼けた魚を美味しいと満面の笑みで頬張るルイーゼ。
今までに見たことのない姿ばかりだった。人が変わってしまったとしか思えないほどに。
本当に訳がわからない。一体ルイーゼは何を企んでいるのか。それとも、何も企んでなどおらず、あれが本当の姿なのか。いや、前回のルイーゼがあの姿を隠していたとは思えない。では、今のルイーゼは何なのか。
考えれば考えるほど、堂々巡りになって判断がつかない。
「……もっと彼女のことを知らなければならないな」
今のルイーゼのことが気になるのは、以前とは別人のような彼女に復讐を続けてよいのかどうか見極めるために知る必要があるからだ。決してそれ以外に理由はない。
脳裏にちらつく今日の楽しそうだったルイーゼの笑顔を、クラウスは頭を振って掻き消した。
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