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1. 侯爵令嬢、驚く
侯爵令嬢ルイーゼは驚愕した。
なぜなら、前世の記憶を思い出したからだ。
「……私、死んだと思ったら異世界転生したんだわ」
今の自分には、交通事故で命を落とすまでの前世の記憶と、現在の侯爵令嬢ルイーゼ・フレンツェルとしての記憶の両方がある。
よくライトノベルで読んだシチュエーションがまさか自分の身にも降りかかってくるとは……。突然の事態に困惑しながら、ふと鏡に映る自分の姿を目にしたとき、ルイーゼはさらに驚いた。
「ちょっと待って、この顔……見覚えがある……」
豊かに波打つダークブロンドの髪に、アメジストのような紫の瞳。そしてやたらと艶っぽいメイク。
ためしに鏡に向かって右の口角だけを僅かに上げ、不敵な笑みを浮かべてみたルイーゼは、その姿を見て絶叫した。
「……いやぁぁあ!! この見た目に、この表情、完全に悪女のルイーゼじゃない……!」
ルイーゼは気づいてしまった。
今世の自分が、前世で読んだ小説『嫉妬の花は血溜まりに咲く』のダークヒロイン、ルイーゼ・フレンツェルであることに……。
ちなみにこの小説のあらすじはこうだ。
名門侯爵家の令嬢であるルイーゼは、王太子クラウスの婚約者だった。家柄で選ばれ結ばれた婚約だったが、ルイーゼは紳士的なクラウスに恋心を抱いていた。
成人したら婚姻して愛する人の妃となり、ゆくゆくは王妃となって国王である夫を支える。ずっとそういう未来を思い描いていた。
しかし、その未来図は国王の急逝によって儚く崩れ去ることになる。
父王を亡くし、若くして国王に即位したクラウスは、国内外の情勢の悪化から政略のため隣国の王女アンネリエを正妃として、ルイーゼは側妃とすることを決めたのだ。
自分のものだったはずの場所を奪われたルイーゼの目の前で、少しずつ距離を近づけていくクラウスとアンネリエ。
元々プライドの高かったルイーゼは、側妃へ格下げされ、自分よりもアンネリエが優先されるという屈辱に、クラウスへの好意が憎悪に変わる。アンネリエにも嫉妬の炎を燃やして、思考も言動も過激になっていった。
クラウスとアンネリエが心を通わせようとするたびに、度を越した嫌がらせを繰り返し、ついにはその手で二人の命を奪ってしまう……。
そんな破滅の物語だった。
内容が内容なので、主人公のルイーゼの挿絵も何かを企んでいるような含み笑いを浮かべた顔や、瞳孔全開で目を見開いた顔、思いきり嘲るような顔ばかりだった。
幸せなのはクラウスとの結婚を楽しみにする最初の10ページくらいで、あとは最後の最後までずっと不幸な展開ばかりなのだ。
前世では普段、こういう系統の小説を読むことはなかったが、当時は恋人に二股を掛けられて落ち込んでおり、そうしたネガティブなメンタルのときに気になって読んだのを覚えている。
当時は小説のキャラクターを自分と恋人と浮気相手に重ねていたので、嫌がらせのシーンや最後のバッドエンドも、ざまぁと思いながら読んでいたが、実際に自分がルイーゼになってみると、とてもそんな気分にはなれない。
こうして前世を思い出すまで、ルイーゼは婚約者であるクラウスのことを素敵だと思っていたが、今では二股つながりで前世の元彼と重なってしまい、まったくいい印象を持てなくなってしまった。
嫌がらせや人殺しに手を染めるつもりはないし、いろいろ面倒なのでクラウスやアンネリエとは完全に関わりを絶ってしまいたいとさえ思う。
「……そうだ、婚約破棄してもらおう」
国王が崩御される前に婚約を破棄してもらって自由の身になり、領地で悠々自適なスローライフを送るのだ。
婚約破棄については、娘にドロ甘なお父様にお願いすれば、割と簡単に許してもらえるだろう。
婚約破棄さえしてしまえば、小説のバッドエンドも改変できて、キレた女の破滅の物語から、クラウスとアンネリエの両片想いじれじれラブストーリーに大変身するはずだ。
さっそく次のお茶会のときにでもクラウスに婚約破棄を申し出てみようと決め、ルイーゼはカレンダーに「婚約破棄☆」と書き込んだのだった。
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