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1日目
ひた……ひた……
雨ならではの音がする。
水の滴る音。
水溜りに雨が跳ねる音。
土を踏み鳴らす音。
心地の悪い湿気を感じながら私は儀式の洞窟へ足を踏み入れた。
洞窟の中は暗いからランタンなるものを手に持つ。
10年に1度……空のはたらきを正常に動かすために行われる儀式。
雨が常に振り続けるわけでもなく、永遠に晴れが続くわけでもない。
異常気象を防ぐための儀式だ。
私のいる村で行われている。
洞窟付近までは付き人がいてくれるが……洞窟内からは一人きりで進まなければならない。
そして洞窟を抜けた先にある祠の中で祈りを捧げる。
祠までは少なくとも2日はかかる。
ランタンや食料はちゃんと往復で4日分ある上に予備としてマッチを3本渡されているため準備は万全だが……。
この雨の中だと、純白の儀式専用着が茶色に汚れてしまう。
しかも湿気が尋常じゃないので息がしづらい。
「一人きりで儀式のために洞窟を抜ける……洞窟って暗いし苦手……」
私の声は反響する。
この反響が私を独りだと知らしめる。
そんなことを考えながら一歩、また一歩と地を踏み鳴らす。
「だよね〜!僕もそう思う!!」
「そうよね〜……え!?」
私以外立入禁止の儀式の洞窟に誰かがいるわけがない……。
空耳よねきっと……。
さっさと終わらせて帰らないと……。
「ちょっと待って!置いてかないでよ!!」
「…え?」
嘘……本当に誰かいるの?
試しに後ろを振り向く。
するとそこには私と同じくらいの背丈の少年がいた。
「ここは……儀式の子以外立入禁止のはずだけど……なんで君はここにいるの?」
「ん?あ〜、えっと……僕はここの管理人なんだ!」
管理人にしては年齢が若すぎる気がする……。
そういうものなのか?
「この場所に管理人なんていたんだ……」
「うん、まぁ……そうだね」
なんか怪しい……。
挙動が少し不審だ。
「な、何?何か僕の顔についてる?」
「別に、何も?」
「そっか……で、ここにいるってことは君は儀式の子だよね……?」
「そうだけど、それが何?」
「ついて行ってみてもいい?」
少年は終始ほほえみを絶やさない。
それがどこか不気味であり、少し安らぐようにも思う。
不思議な感覚だ。
「……別にいいけど」
「ありがとう!」
……私と違って素直な子なのかな?
少年は見た目年齢に見合ってないくらいどこか幼く見える。
「ねぇ、君の名前教えてくれないかな?」
「……私の名前?」
「うん!」
「……晴。君は?」
「晴…?………いい名前だね!僕は雪。よろしくね!」
出会って早々呼び捨てということに突っ込みたくなるが、飲み込んだ。
呼び方なんてどうだっていい。
「……君はいくつ?」
「僕?僕は……えっと……13歳かな?」
「なんで疑問形なの?」
「あんまり覚えてなくって」
その年齢なら覚えててもいいと思うんだが。
「そういう君の年齢は?」
「え、あ……15歳」
「僕より年上なんだね!」
「そうみたいだね」
こうしている間にも洞窟の奥へ歩みを進める。
1人よりは悪くない。
洞窟は音が反響するから少し怖いのだが、誰かといると少し安心感を覚えるのだ。
「奥の祠に行きたいんだよね?」
「うん」
「道わかるの?」
「儀式の子なんだから、それくらい調べてるよ」
「なるほどね!」
実にこの洞窟の雰囲気に合わない少年である。
13歳でこの元気の良さと素直さ。
実に尊敬に値するものだ。
「じゃあ、さっさと行っちゃおう!!」
雪は颯爽と走り出す。
雪の姿だけをみればまるで草原を駆け回っているようだ。
私はその背中を追いかける。
ついていく必要はないはずだったが……やっぱり人間である以上孤独は恐ろしいのだろう。
私の顕在意識はそう解釈するのだった。
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