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私は選抜に入れなかった落ち込みから、少しずつ立ち直ってきていた。
今日の部活は伊織くんと帰れる。
雨が降っているから、伊織くんは晴れの日よりゆっくり歩いてくれる。
雨は、伊織くんの優しさを引き出してくれる。
だから、雨の日は嫌いじゃない。
「梨沙、今のうちに基礎練、頑張っておけよ」
「うん! たくさん練習する!」
「来年は二年生になるから選抜にも入りやすくなるけど、それも落ちたらショックだろ? だからさ、今、いっぱい練習しような」
「うん!」
伊織くんを見つめ、うなずく。
あれ?
今、気付いたことなんだけど、伊織くん、傘を左手に持っている……
「ひょっとして……伊織くんって……左利き?」
「え? あぁ、そうだよ。なんだよ急に。今まで知らなかったのか?」
「……うん……」
伊織くんが左利き。
なんで今まで気が付かなかったのだろう。
トロンボーンは右利き左利き関係なく、右手でスライドを操作する。
伊織くんとは、スクールバンドで知り合った仲だけど、今まで一度もクラスが一緒になったことはなかった。
だから、伊織くんが鉛筆を持っていたり給食を食べていたりする姿を見たことがない。
伊織くんといっつも一緒にいるのに、肝心なことにずっと気づいていなかったみたいで、なんだか恥ずかしく、そして、情けない気持ちになった。
「雨の日ってさ、左利き、意外なところで不便なんだぜ? 梨沙、何のことか分かるか?」
「雨と左利きって関係あるの?」
「あるよ。ヒント、傘」
「……傘って、右手で持っても左手で持っても、あんまり変わらないんじゃない?」
「あぁ、差す時は変わらないさ。はい、これがヒント」
「え~、わかんない」
「そう。じゃあ、雨上がりまで答えは教えてあげない」
「なにそれ。伊織くん、いじわる!」
「まぁ、今は一緒に雨上がりを待とうぜ」
結局のところ、家に帰り着くまで雨は上がることはなかった。
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