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面会
「身分証はわかるように首から下げてください。カツラはこれです」
浅黒い肌の女性刑事が、車の時計を気にしながらテキパキと指示をだす。アルバはとりあえず言われるがままに身分証を首から下げ、カツラを被った。
身分証には【レスター・ブラッドリー】の名前とともに、ヤードの巡査部長という肩書が記されていた。もちろん、偽造されたものだ。
「あなたでなければ事件の重要部分について語るつもりはないと 、被疑者が頑なに言っています。殺し屋を面会に同行させるなんてあってはならないことですが、止むを得ないのであなたにも同席してもらいます」
さも不本意だといった表情で刑事は言った。彼女が首から下げた身分証には【サリー・ドノヴァン】の名前があった。空港でダニーを逮捕した刑事だ。
「情報機関と警察が連携して、尚且つ殺し屋に助けを求めている時点で、既にあってはならないことだろう。刑務所を管轄している法務省とも話をつければ、ここでの面会もこんな面倒なことをしなくて済んだろうに」
栗色の髪をオールバックに整えたカツラを被ったアルバは、すっかり別人に化けていた。恐ろしく愛想の無い点を除けば。
「これ以上の無茶は通りません、我慢してください。行きますよ」
ドノヴァンは急かすようにアルバに声を掛けると、路肩に停めていた愛車を運転し、刑務所内の来客用駐車場へ向かった。
駐車場の入り口ゲートで二人の身分証を提示すると、確認した警備員からも何一つ怪しまれることなく中へ入ることが出来た。
「ゲートをくぐった今この瞬間から、あなたはヤードの【レスター・ブラッドリー】警部補です。私の同僚として、ダニエル・フランクリンの捜査と監視に当たっていたというストーリーで話を合わせてください」
ドノヴァンは念を押すようにアルバに話しかけたが、アルバは何も答えなかった。不満げな顔で車を駐車スペースに収めたドノヴァンは、降りてくださいとぶっきらぼうに言った。
「ダニエル・フランクリンは既に国家反逆罪とスパイ防止法違反の罪が確定しているが、面会をしてまで吐かせたいことがまだあるのか」
建物へ向かう道すがら、アルバはドノヴァンに尋ねた。
「潜伏期間中に行ったCIへの情報漏洩、そして今回の件で旧CIのメンバーに情報機関や我々捜査当局の情報を漏らしたことは認めました。でも、情報機関や私達は別の容疑について自白を引き出したいんです。ただ今のところ、決定的な証言を得られていません。だからまず、今日の面会で口を割らせて、そこから再度取り調べに持っていかないと・・・」
ドノヴァンは苦々しい表情を見せながらそう言うと、建物の入り口に向かってせかせかと歩を進めた。
刑務所の建物に着くと、受付で再度身分証を見せ、訪問理由を端的に説明すると、受付の職員が出てきて待合室の場所まで案内された。
待合室で十数分ほど待たされたところで、さっきの職員が準備が出来たからと二人を呼びに戻って来た。二人は案内されるままに、暗い廊下を歩き、やがて小さな個室へ通された。
中へ入ると、分厚いアクリル板の向こうに囚人服を着た小さな老人がいた。老人は乱れた白髪を整えようともせず、小さくなって座っていた。だが、二人が部屋に入ってくる姿を見るや、笑顔を見せた。
「久しぶりだな。約束通り連れてきてくれたのか」
満足そうに笑うダニーの言葉を遮るように、ドノヴァンが口を開いた。
「お久しぶりです。ヤードのドノヴァンです。こちらは同じくヤードのレスター・ブラッドリー警部補、今回の捜査の担当者です」
「わかってるよ、ブラッドリー警部補ね。法務省とは仲良くやれなかったみたいだな」
惚けた顔でそんなことを言うダニーを、ドノヴァンは眉間に皺を寄せながら見ていたが、気を取り直して話を続けた。
「今回は、あなたが逮捕、起訴された罪とは別のことについて話をしていただけるとのことでしたが・・・」
「老いたりとはいえ、まだ耄碌しちゃいない元スパイを嵌めるなんて、やるじゃないか。あんたの方は何をどこまで掴んでるんだ。答え合わせしようじゃないか」
今度はダニーの方が、ドノヴァンの言葉を制するように口を開いた。だがその視線は、真っすぐブラッドリー、アルバの方へ向けられていた。
「その前に、一応伝えておく。オルブライトの妻は無事に出産して、今は生まれたばかりの子供を連れてオルブライトと一緒に新大陸で暮らしている。オルブライトや家族が危険にさらされることはない」
アルバはダニーの問いかけに答えることはせず、代わりにそう言った。
「それは良かった。そうかそうか、ダニーボーイも父親になったか」
心なしか、目にうっすらと涙を浮かべながら、ダニーは嬉しそうに頷いていた。その様子を見て、アルバは何かを確信したように口を開いた。
「オルブライトがお前の息子であることは、本人は知っているのか?」
アルバはダニーにそう問うた。隣にいたドノヴァンが、驚いた表情を浮かべながら二人を見比べていた。
「知らないね、その方がいい。ダニーボーイには輝かしい未来が待ってる。ダニーおじさんは、ただ消え去るのみだよ。世間からも、あの子の中からもな」
草臥れた笑顔を見せながら、ダニーは言った。それからドノヴァンの方へ目を向けると、まだ事態を飲み込めずにいる彼女に向かってにやりと口角を上げた。
「今聞いたとおり、ダニエル・オルブライトは俺とヘイリーの子供だ。そしてヘイリーは俺にとって世界でただ一人の大切な人さ。ダニーボーイを除いてな」
しみじみとそう語ったダニーは、もう一度アルバとドノヴァンの方へ目を向けた。
「ちょっと昔話させてくれ、時間はとらせないから」
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