予想通りの襲撃と予想外の来客

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「ディア……美しい……。何と言ったら……美しい」  それ以外にいい言葉が見当たらず、彼は結局同じ言葉を繰り返した。 「エルクもなんて素敵なの……王子様みたいだわ」  クローディアはとてつもなく間抜けなことを言っているのに自分で気づき、吹き出した。 「ふふっ……みたい、じゃなかったわ。エルクは王子様よね。ごめんなさい、私にとっては騎士の印象が強くて」 「いや、君を守ると騎士の誓いをたてたんだ。間違ってはいないだろう」  笑い合う二人に、メイドも王子側の噂が真実であると確信したようだった。  そしていよいよ、式典は始まる。  城下に、きな臭い動きをする者たちを潜ませて。 「なんか、針の筵みたいだな」  新婚夫婦を披露する馬車が通る沿道の一角に立った少年は、帽子を目深にかぶり直しながら隣にいる老人に話かけた。 「まあ仕方ないですな。とは言え、大事な我らの姫(・・・・)に対しこの扱い。陛下ももっと抗議なさって良いのですぞ」  二人の会話は騒がしい民衆の声に飲まれてお互いにしか聞こえない。  彼らは人混みに埋もれつつも確保した列の先頭で、馬車が通るのを今か今かと待った。  やがて城の方からファンファーレが聞こえてくる。  馬車が出発の時を迎えたのだろう。  先頭を行く鼓笛隊の音が徐々に近くなり、その音はやがて一つ向こうの沿道の方へと流れていった。  詰めかける人々で反対側の馬車は欠片も見えないが、人々の頭の上から突き出る旗の先端だけはゆっくり進んでいくのが分かった。 「気づいてくれるかな」 「我々がここにいるのはご存知ありません。まあ無理でしょうな」 「話、したかったなあ」 「わたくしもでございます」  ひそひそと顔を寄せ合い話をする二人の位置は、城下パレードのルートのかなり終わりの方だ。  一度鼓笛の音が遠くなり、そしてまた大きくなってきた。  同時に、嫌な声も大きくなった。 「死神め! エーノルメを死者の国にする気か!」 「俺たちは騙されねえぞ! どうせ殿下の寝首を刈り取る気だろう!」 「やだやだ、気持ち悪いったらありゃしない。あんなあどけない顔の裏で、夜な夜な死体と戯れてるんだろう?」  エーノルメはまだそんなことを言っているのか。  全員、張り倒してやりたい…… 「クソ……」 「どうかお気を沈めなされ。ほら、先頭が見えてきましたぞ」  老人の声に少年は顔を上げる。  飴色の髪を帽子の下で一つに結い、新緑に似た目がまだ遠くにあるオープン馬車の方を見た。  鼓笛の音と野次の音が増し、いよいよ待ちに待った花嫁の姿が見えるだろう。  だが彼の期待虚しく、馬車が止まってしまう。同時に悲鳴と怒号が聞こえた。  異様な雰囲気に少年と老人は顔を見合わせる。  衣服の下に隠した短剣の場所を確認し、騒ぎの方を見た。 「エーノルメを魔女から救え!」 「魔女の魔法から殿下を解放しろ!」  悲鳴の合間にそんな声が聞こえる。  警備隊は馬車を守り、観衆の一部は被害が自分に及ぶのを恐れ列から外れ逃げて行った。  おかげで視界が良くなる。  そこに見えたのは、馬車に奇襲をかける武器を手にした民衆の姿だった。  警備の騎兵と歩兵がすぐさま馬車を取り囲んだのは見えたが、馬車の上までは見えなかった。   「取り押さえろ!」  警備隊のそんな声が聞こえ、めでたい披露の行進はあっという間に襲撃現場と化した。
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