素敵な骨

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素敵な骨

 翌日、クローディアはシャンピーに強く勧められ、護衛を増やすため森の中の死体を探していた。  理想の死体は白骨死体。欠損箇所がどこにもなく、完璧な状態の。  腐乱死体だとちょっと……申し訳ないけど、臭いし。 「昨日国境寄りにあれだけあったんだし、白骨死体もあるんじゃないかしら」  彼女はそう言いながら昼の森をシャンピーと共にうろうろしていた。 「昨日の王子にはびっくりしたね。本当に死を恐れないんだもの。暗くて顔はよく分からなかったけど、あんなに大きな身体。きっと怪物みたいに恐ろしいのよ」 「首への一撃はなかなか強烈だったなー。第二頸椎が行方不明になっちゃったよ」  人間には決してあり得ない冗談に二人で笑うと、クローディアは遠くの木に何かがもたれかかっているのを見た。 「ねえ、あの白いの!」 「白骨みたいだな」  近づくとそれがクローディアの理想とする白骨死体なことが分かった。  馬から下ろしてもらい、よく観察する。 「素敵! 見てこの上腕骨! 太くて立派。指先まで綺麗に残ってる……騎士だったのかしら。この鎧、そうだよね?」  朽ちかけた鎧の一部は、エーノルメの騎士が装備する鎧と同じ模様が見て取れた。  鞘に収まった剣も朽ちかけていたが、原型は留まっている。  マントはもう崩れてしまい、茶色っぽい布の残骸がいくつか散っているだけだった。 「どうして死んじゃったのかな。外傷があるように見えないけど。ねえあなた、私と一緒に来ない?」  骨からは魂がすっかり抜け落ちて反応がない。  彼女は器になる骨に使用の断りを入れると、シャンピーと共に小屋の近くにある祭壇に運んだ。  そこで香を焚き、祭壇に横たえた白骨の中に入ってくれる魂を探した。  魔術として死霊を呼び起こそうとすると、本当はもっと手順があるらしい。  クローディアは死霊術として使うわけではなく、完全に感覚で使っていた。  最初の騎士の死体を雇った時、ジュレに「香くらい焚きなさい」と怒られてからはそうしている。  彼女曰く、それは術者を守り、さ迷う魂と繋ぎやすくする空間を作るらしい。 「なんか活きのいい魂がいるの……」 「死後も活きがいいとは」 「困ってるみたい。どうしたのかな。こっちにおいで。お話ししましょうよ」  魂は彼女の声に誘われるようにやって来る。  目に見えないが確実にそこにいる魂は、迷子の子供のように狼狽えていた。 「どうしたの? あの世への行き方分からなくなっちゃった?」  クローディアは魂の声を聞く。  耳で聞くのではなく、身体で感じ取っている。 「分からないみたいね。ねえ、もしよかったら私と一緒にしばらくいない? この骨に入ってもらって、私の護衛をして欲しいの」  護衛、と言う言葉に魂が反応する。 「あら、あなた剣が得意なの? やっぱりこの森は兵士の魂が多いね。どっちの兵だったのかな。どっちでもいいや。もしあなたが私の護衛をしてもいいよって思うなら、この骨に入ってくれない? 対価は何がいいかな」  シャンピーの時はオーソドックスなワインと金貨、そして大量のローズマリー。かつて自分が朽ちていく過程の臭いが嫌だったとか。  その魂が要求したのは剣だった。 「剣ならあげるよ。護衛だもの。ちゃんとした綺麗な剣を支給するよ……え、それだけ?」  死者には死者なりの要求がそれなりにある。  いずれ冥界に旅立つための物資の他に、個人的に欲しいものを要求されることもある。  どうやらこの魂は剣があればそれでいいらしい。 「戦闘狂だったのかな? じゃあ、ちょっとだけいい剣を探してあげるね。それでよかったら――」   交渉の途中だが、魂は白骨に収まってしまった。  せっかちな死者だ。 「えっと、じゃあ名前は……」  彼女は白骨死体をもう一度眺める。割と綺麗な骨だが、頭蓋骨に稲妻のようにヒビが入っているのが見えた。 「稲妻(エクレール)ってどうかな。おでこの傷がそう見えるの」 「俺のキノコよりずっといい」  シャンピーはやや名前に不服があるらしい。 「キノコも可愛いのに。じゃあ、エクレール。あなたはエクレールよ。さあ起きて」  名前を呼ばれ、白骨がゆっくり起き上がる。  それは左右の手を不思議そうに眺めた後、自分の身体へと視線を落とす。  確認作業が終わると、祭壇から降りて跪き、騎士らしく頭を垂れた。
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