戦の前夜

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   捕虜となった時あの密偵が突然死んだ。あの場では必死に逃げることを考えていたので朧気な記憶だが、彼は何かしら目に見えない力で殺されたような気がする。  あの気絶したように動かない女は、クローディアと呼ばれていなかったか。    王が目を開いた。  恐怖で把握できずにいたことが、やっと今全て繋がった。  あの時の人質の娘はクローディア。  そのクローディアには彼女を守ろうとする死人の護衛がいた。  つまり、噂通り彼女が死霊を操っていた可能性は高い。  どうして、どうしてこんな大事なこと今まで気づかなかったのか。  恐怖と不眠で混乱している場合ではなかった。  死霊使いの嫁など最高の兵器ではないか。  これ(・・)があれば、オロールなど簡単に落とせるはず。  その時、部屋の扉が慌ただしくノックされた。  乱暴に連続で叩く音は、王が在室する部屋になされるべきものではない。  クローディアを道具として使うことを思いついた国王は思考を邪魔された気分になり扉に向かって怒鳴った。 「何用だ! 今大事な話をしておる!」 「お、恐れながら申し上げます! オロールが、オロールが動きました!」 「なんだと!?」  たった今、そのオロールを攻略する手段を思いついたところだ。  先日エルキュールが国境の戦いにひと段落を付け、あちらも兵力回復には相当時間を要すると思っていたのだが。  確かにきな臭い動きをする報告はあったが、こうも早く回復し、動きを見せるとは思ってもいなかった。 「早すぎる! 何があった!?」 「どうやら周辺諸国がオロールに加担した様子。武器や兵力、糧食等貸し与えた模様」 「おのれ……あんな烏合の衆などに加担しよって……いや、ここは……」  淀んでいた国王の瞳に光が戻った。  その目は、臣下の言う事も聞かず次々と戦を起こしていた時と同じ狂気の目。 「いいだろう……騙し討ち出来たと喜ぶのは今の内だ。エルキュールを呼べ! 直ちに戦の準備をし若造オロールに鉄槌を下してやるぞ!」  王城が戦の気配ににわかに騒がしくなった頃、クローディアはエルキュールと共に彼の居城に戻ってささやかな宴の席を設けていた。  エルキュールに命を受けたルブラードがクリスティアンとアンクレー伯爵を密かに招いてくれたのだ。    彼らはフィルディ王妃が「娘の婚礼姿くらい見たかった」と嘆く様子を見て、旅人を装い国境を越え、一般市民に紛れ遠くからその様子だけでも見てこようと思っていたのだ。  アンクレー伯爵は可能ならクローディアの想い出の品であろうフランベルジュを渡したくて厳重に布でくるみ担いできたのだが、まさかそれがエルキュールの手で振るわれるとは思ってもみなかった。    あの白骨騎士との妙な既視感の正体を知って大層驚いたが、それならばなおの事この剣を、ということでそれはエルキュールの手に渡った。
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