国王の秘策

1/5
前へ
/150ページ
次へ

国王の秘策

 体中が鉛のように重い。  昨夜の行為の結果が足にも腰にも腕にも、そこら中から感じられた。  まだ早朝。  だが今朝はエルキュール出立の時。  このまま眠っているうちに彼がいなくなるのは嫌で、先にベッドを抜けたエルキュールに続きクローディアも体を起こした。 「おはようディア。体は……大丈夫か?」 「ちょっと痛いけど、でもそれも愛しいの。全部あなたがくれたものだから」  全裸のままのクローディアが上半身だけ起こし、ふんわりと笑った。  昨夜の女の顔とは大違いだが、少し目を下にやれば赤い痕がそこら中にあった。  エルキュールはベッドに手を付くと身を乗り出し、労わるような口づけをそっと交わした。  昨夜と違い彼女は恥ずかしがったが、それでも共に湯浴みをすると身支度を整えた。  簡単な朝食を済ませると、もう出立の時間は迫っていた。 「エルキュール殿下、ご武運をお祈りいたします」  そう言ってうやうやしくフランベルジュを差し出したのはクリスティアン。  彼はそれを受け取り鞍に付けると、「後を頼んだ」とだけ言った。  留守を預かるのはルブラード。彼にも目だけで頷き合う。  そして最後にクローディアに向き合った。  彼女も何も言わなかった。  口を開くと泣いてしまいそうで、唇を噛むようにして堪えていた。  エルキュールも無言で彼女を抱きしめる。  クローディアもその背に手を回し、厚い胸板で窒息しそうなほど抱きしめた。  そして彼を見上げると、優しい口づけが落とされた。   「ご無事で」 「ああ」  それだけ言葉を交わすと、彼はすぐに馬に乗り父王からの使者と共に王城へと向かってしまった。  何か嫌な予感がする。  胸がざわざわする感じがするし、何かがクローディアに囁きかけている気がする。  その嫌な予感が何だったのかは、それから三日後に判明した。  国境に攻め入って来たオロールの兵は、周辺国の援助を得て勢いづいていた。  前回の戦いではエーノルメの王子によって随分と苦しめられた。  これまでフィルディとの戦いで疲弊しているはずで、王の敗走の話を聞き満を持しての攻撃のはずだった。  ところがエーノルメの王子は自国の地形を利用して、比較的小規模な軍隊を神出鬼没に操った。  それはかつてフィルディの砦にてエーノルメが苦しめられた戦術だったが、彼は受けて嫌だった戦法をそのまま拝借したのだ。  それはオロールに対しても十分に効果的で、彼らは最終的に撤退を余儀なくされた。  一年近くも彼が戦線に立たされた理由は、オロールの牽制を理由に王から命を受けていたからだ。  エルキュールは侵入に弱い場所に(やぐら)やバリケードを組み合わせ次の侵入に備えると、やっとクローディアとの式に向かえたのだ。  だが今回、まだエーノルメの兵力は回復していない上に、何度も斥候を派遣して地形と障害の把握に努めてきた。  兵力も物資も周辺国の協力により増し、今なら討てる。  オロール王国側に侵略の意志は強くないが、こう何度もエーノルメにちょっかいを出されてはたまったものではない。  ここで一気に目に物見せてくれるつもりだ。  周辺国にとっても目の上のたんこぶ状態のエーノルメを無力化できれば、オロールの国家的な地位も上がるだろう。  そんな士気の高いオロールを相手に、エルキュールは初手から劣勢に追い込まれた。  どういう訳か与えられた兵力が少なすぎる。  当然彼も父王に抗議したが、これでは防戦だけでも難しい。  父は何か企んでいそうだが、オロールの猛攻に腹を探ることなど到底無理だった。
/150ページ

最初のコメントを投稿しよう!

41人が本棚に入れています
本棚に追加