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「ディア、クローディア、聞こえるか!?」
どこを見ているのか分からない目は、エルキュールに焦点を合わせようとはしない。
「クローディア、戻ってこい。もういい、死霊を解放するんだ。君の務めは終わった。帰って来い!」
虚ろな目が、ゆっくりとエルキュールの顔を見た。
目が合うと、力無く微笑む。
「えるく……」
「良かった、囚われてはいないようだな。さあもう魂の解放を。もう十分だ」
「何を言うかエルキュール。まだ終わってはない。全滅させてこそ終わりの時だ」
「黙れ! 見て分からないか、彼女は敵であれ殺すことはしない! 全滅はあり得ない! それにもうこれ以上続けさせればクローディアが冥界に囚われてしまう!」
「囚われてなんだと言うのだ。かつての敵国の姫が嫁ぎ先の国を救う。なんという美談か。ふはははは」
王は冥界に囚われるの意をきちんと理解していないのか。囚われてしまえばそのまま死を迎え、不死の軍団は二度と使えないと言うのに。
「クローディア、もうやめろ!」
「やめるでない、手ぬるいことをしておらんで早く殺さぬか!」
虚空を見ているクローディアの頭上で、父子の押し問答が繰り返される。
その間にも死霊兵は敵兵を追いかけ回し、ついに敵陣から「全軍撤退!」の声が聞こえた。
既に恐怖一色の敵陣営は、その声を聞くと見事な敗走っぷりを見せた。
あれほどの窮地が、嘘のように静まり返る。
そこに響くのは、エルキュールが妻の名を叫ぶ声だけだった。
「さあクローディア、終わったぞ。戻って来てくれ。クローディア、まだ行く時ではない。俺の声を聞いてくれ」
虚空を見ていた瞳は、一瞬だけエルキュールと視線が合った。
だがそれもすぐに遠くへ移ってしまう。
「クローディア!」
「みんなを、つれて行かなきゃ……」
「連れて……?」
クローディアのか弱い声が、不穏な台詞を告げる。
解放なら分かるが、連れて行くとは。
「よんでるの……いかなきゃ……」
「クローディア、何を言っている? 誰が何を呼んでいるんだ?」
このままでは誰かにクローディアを連れて行かれそうな気がして、正気を保てなくなっている彼女を必死に抱きしめた。
その体はほとんど死人のように冷えている。
胸に耳を当てても、鼓動がどこにあるのか探せないほどか弱い。
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