死霊兵団

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「クローディア! 行くな! 戻れ! 死霊兵、お願いだ彼女を連れて行かないでくれ!」  エルキュールの目の前にいる死霊兵は何も答えない。  眼孔に視線はないが、彼ももしかしたらクローディアと同じく冥界を既に見ているのかもしれない。  突然その体が砂のように崩れた。  解放された魂は、モヤのように漂うと地面へと消えていく。  次々と白骨死体が崩壊し、辺りが霧に包まれているかのように魂が漂う。  魂の解放が始まった。  風が吹くと白骨の砂が舞うのに、魂は流されることなく地へと吸われていく。  無数のモヤが景色を白くしていく中、ふっと腕の中にいるクローディアが力を抜いた。 「クローディア……? 嘘だろう……クローディア、まだ戻れるのだろう? クローディア、クローディア、クローディア!」  クローディアは返事をしない。  憔悴したように見える顔は、まつげを伏せたまま持ち上がることはない。  胸が上下することもなく、鼓動は命の音を伝えてこない。  最愛の妻の名を呼ぶエルキュールの絶叫が、砦のある谷に響いた。 「まだ、早い……こんなことに君が犠牲になってはいけない……クローディア……もっと君の生きている姿を見たいんだ……」  一筋の涙がエルキュールの頬を伝い、それが動かぬクローディアの手元に落ちた。  その手には何かが握られたままになっている。  開いてみると、それは霊的な空間を作り出す時に使うセージの葉だった。  セージの葉ごと彼女の手を握り、嗚咽を堪えるようにして頬に寄せた。  まだうっすら温もりのある手は、笑顔と共に握り返されることはなかった。   「クローディア……」  名を呼ぶと、ほのかにセージの香りがした。  その香りはクローディアの香りのような気がして、寄せた手から漂う香りに縋った。  鼻孔を満たす彼女の香り。  ふと風が変わった気がして、エルキュールは目を開けた。  目の前に広がるのは荒涼たる大地。  気怠い風の流れる空間に、先程景色を白く染めた魂たちが列をなしてどこかを目指していた。  彼らの生前の姿は皆明るい表情をしている。同じ方向に向かい、これから楽しい場所へと行くような。 「クローディア……?」  その中に、ふわふわの飴色の髪を揺らす愛らしい姿があった。  雑踏の中に一人佇んでいるようで、魂たちはその姿を避けながら進んでいた。  手を伸ばせば届くような気がして手を伸ばし名を呼んだ。 「クローディア!」  彼女は声がした方向が分からないのか、きょろきょろと辺りを見回すような仕草をした。  すぐ後ろにいると言うのに、エルキュールの存在には気づけないらしい。  彼はもう一度名を呼ぶと、追いつこうと足を前に出した。  だが、その手を誰かが掴む。  姿は見えず、だけど確実に左手首を誰かに掴まれている気がした。 「離せ、クローディアが行ってしまう……俺の最愛の妻なんだ。まだ彼女は死ぬ時じゃないだろう!」 ――冥界の風を浴び過ぎたのよ  何処か艶のある声は、聞き覚えのあるような気がする。  彼は掴まれた腕を振りほどこうとしながら言った。 「離せ! 何故彼女が死ななければならない! 返せ! クローディアはまだ死ぬべき時じゃない! もっと笑って、もっと菓子に喜び、もっと、もっと幸せになるべきだろう……!」 ――生者の魂と引き換えなら戻るかもしれないわ。彼女と、今を生きる誰かが入れ替わるの 「ならば俺が! 俺が入れ替わる! どうする? どうしたらいい!? 早く、早く俺の魂を捧げてくれ!」  手を掴む者にそう叫ぶと、クローディアを引き留めたくてもう一度叫んだ。  その声に重なるようにして、また別の声が聞こえてきた。
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